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Turntable Films オフィシャルインタビュー(前編)
(2020.11.6)

もしあなたが手っ取り早くTurntable Filmsのことを知りたいと感じているなら、11月第二週にリリースされる彼らの3rdアルバム『Herbier』に迷わずアクセスすればいい。これは、バンド黎明期以前からずっと彼らTurntable Filmsが魅了され、取り憑かれてきたカントリー、ブルーグラス、ブルーズ、チェンバー/バロック、ゴスペル、リズム&ブルーズといった「アメリカ音楽」を自らの言語として翻訳しようとしてきた彼らからの最新の現状報告だ。

軽やかな3連のシャッフルを刻むアルバムのオープナーM①“Something”は、彼らからの最新の現状報告と、これまでの彼らのファンからの期待との橋渡しになってくれるだろう1曲。だが、より聴き手の耳を捉えて離さないのは、むしろそこからのM②“Disegno”、M③“A Day Of Vacation”という流れに違いない。

方やM②“Disegno”は、4拍単位のシンコペーションするブレイクビーツ的なドラムと円環するベース・ラインを基調としたミニマルな仕上がり。だが、この永遠に続いて欲しいと感じずにはいられないヒプノティックなグルーヴに、クラリネットとヴィブラフォンそれぞれの印象的な音色、曲中盤からのブンッと鳴るシンセの音色とリズム、裏拍を意識したコーラスが絶妙な変化を的確に添えている。コーラスに入る直前の、聴き手を思わずハッとさせるだろう6を刻むリフも素晴らしい。

方や、華やかなソフト・ロック風ブラスのリフに導かれた、アルバムからの先行シングルM③“A Day Of Vacation”は、ヴァース/プレ・コーラス/コーラス/ミドルエイトといった通常のポップ・ソングの形式とはかけ離れた構成を持っている。もしかすると一度聴いただけでは、3つのパートが穏やかな四季の変化のようにシームレスに移り変わるこの曲の特異な構成には気が付かないかもしれない。だが、どんな聴き手も拒まない人懐っこさの向こう側に、注意して耳をそば立てなければ思わず聞き逃してしまいそうな緻密で繊細な音の企みを隠したこの曲のさりげない佇まいは、Turntable Filmsというバンドのキャラクターをもっとも象徴する1曲と言えるかもしれない。

また、上記の3曲と、アルバム後半のハイライトのひとつ――それとは感じさせないハチロクのリズムを持ったM⑥“Stein & Burg”に共通するのは、深い森の奥で鳴っているような蠱惑的なアンビエンスだ。どの曲も是非とも大音量で聴いて欲しい。靄がかかったようなエコーの洪水の中で、微細に変化する万華鏡のスペクトルのようなサウンド・テクスチャーが間違いなくあなたの耳を楽しませてくれるに違いない。

これまでTurntable Filmsが残してきた作品とサウンド、その過程での彼らの意識の変遷についてはこの記事( http://thesignmagazine.com/sotd/turntablefilms1/ )に詳しいが、総じて彼らは全キャリアを通して「アメリカ音楽に猛烈に惹かれてしまう日本人」という自らの不確かで奇妙なアイデンティティに向き合いながら、日本語ネイティヴの世界に育った者にしか作れない「自分たち独自の言語」を模索し続けてきた。その道程は、英語圏以外の出自や訛りを持つポップ音楽が北米や欧州のみならずグローバル全体で受け入れられることになった2010年代の潮流に先んじた、決して報われたとは言いがたい高貴な試みだったと言えるだろう。

J-POPやJ-ROCKと呼ばれるポップ音楽が多勢を占める日本語ネイティヴの世界の中で、自らの言語が多くの人々の耳にはどこか不可解なものと映っていることを自覚しながらも、彼らTurntable Filmsは「アメリカ音楽に猛烈に惹かれてしまう日本人」である自分たちの興味や興奮、好奇心にひたすら忠実たろうとしてきた。時には市場や音楽業界、メディアがオファーしてくるステレオタイプな「ニッポン」という誘惑に押しつぶされそうになったこともあるに違いない。それとは逆に、20世紀前半の音楽=アメリカーナを21世紀初頭に再定義することで新たな時代を築き上げたUSインディ・バンドたちの音楽に自分たちとのシンクロニシティを見出すことで思わず鼓舞されることもあっただろう。この『Herbier』には、そうした彼らのその時々のトライアルの片鱗も収められている。

ベーシスト谷健人のペンによるM⑥“At The Coffee House”は古今東西のアメリカ音楽のアマルガムとでも言うべき魅力的なメロディを持ったオーセンティックなポップ・ソング。だが、コーラスを強引に引き立てるためだけにヴァースやブリッジが存在するようなJ-POP的な構成とはまったく別の、すべてのパートがそれぞれ違ったチャームを持ったAB形式とミドルエイトで構成されている。2分44秒という実に潔い曲の短さは、巷に溢れる画一的なポップ・ソングは決して書かないという彼らの矜恃の現れでもあるだろう。

bpm80台後半のテンポで穏やかに跳ねるM⑨“Summer Mountain”もまた、過剰なドラマツルギーとは無縁の、さりげなくも繊細な驚きに満ちた音楽の煌めきをキャプチャーしてきた彼らの最新作のクロージングにふさわしい名曲。卓越したギタリストでありながらここまでずっとギタリストとしてのエゴを封印してきた井上陽介がようやくこの曲で聞かせる流麗なギター・ソロは、これまでの彼らのファンならずとも嬉しい驚きに違いない。

つまり、この『Herbier』という作品は万事が万事、J-POPにありがちな強引なフックや過剰なエモーションを抑制すると同時に、個々の楽器と歌の組み合わせによるアンサンブルと、時間芸術である音楽特有の曲展開というフロウによって、サウンド全体として聞かせる仕上がりになっている。全9曲40分足らずという「アルバム」としての適切な長さもまた、20世紀半ば以降のポップ音楽の歴史に対する彼らからのトリビュートでもあるだろう。総じてこの『Herbier』というアルバムは、彼らの歴史を包括すると同時に、これからの未来をも示唆する決定打だと呼んでしかるべき作品なのだ。

決してこれみよがしな派手さはないものの、その内側に分け入り、豊かなサウンド・テクスチャーに身を委ねることによって、誰もが微細な音の煌めきや景色の変化、驚きを感じすにはいられない「サウンドの植物図鑑」。もしかすると、この『Herbier』というアルバムは、ここ日本語ネイティヴの世界に暮らす我々が抱えるアイデンティティの複雑さにどこか似ているかもしれない。それは、一言では言い表すことの出来ない不確かで複雑なものながら、間違いなくかけがえのない喜びに彩られているのだ。

(序文/インタビュー:田中宗一郎 構成:小林祥晴 撮影:山川哲矢)

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