愛「観に行ってましたね」
ステージのお兄さんを観てどう思いましたか?愛「スゲェと思いましたね。ライブを観に行くことも始めてやったんで。強烈に記憶に残っているのは、兄貴が“セカイイチ"ってバンドを組んでデビューが決まって、みんなで上京する前の大阪での最後のワンマンライブが十三であったんですね。そこはピンク街で、高校生やし、そんなところに行くのも初めてだしドキドキしながら観に行って。ソールドアウトで人もギュウギュウの中の初めてのライブで、大きい音で耳がキーンとする、ドラムの音が胸を打つ、ライブってスゲェって思って。そのときに『ひこうき雲』(荒井由実)をカバーしていたんですよね。初めて『ひこうき雲』を聴いたんですけど、“すげえいい曲だな"って思って、あとで兄ちゃんに誰の曲か聞いて。後々自分でカバーもすることになるんですけど(笑)」
愛さんにとって、初のライブハウス体験がお兄さんのライブだったんですね。ライブでの興奮と身内がステージに立っているっていうドキドキ感と。愛「そうですね。すごくドキドキしましたね。あんまり言うと恥ずかしがるかもしれないけど、兄ちゃんが音楽でやっていくって決めて、家の両親は普通のサラリーマンと専業主婦なんで、“人と違った道を進むのは、人の3倍以上努力しないと出来ないことなんだよ"って兄ちゃんが言われているのを横で見てたんです。うちが同じ道に進むのを、相当両親は嫌がってたんですよね。それでうちが高校卒業で進路を決めるのにすごく時間がかかっていて。“お前はどうするんだ?"って父さんに言われて。ひとりで悩んで悩んだ末に出した結果が、“やっぱり自分もやりたいことをやる。音楽をやる"ってことだったんですよ。その気持ちを父さんに言ったら、その悩んだ感じもわからへんやろうし、心配だから、“とりあえず、大学出ろよ"って言われたんですよ。それがすごいショックだったんですよね。それで、これを相談できるのは兄ちゃんしかおらんと思って、兄ちゃんが夜中にバイトから帰ってくるのを待ったんですよ。“おっ、こんな夜中にどうした?"“ちょっと話したいことがあるねん"って、父さんに言われた話をしてショックだったって話したんですよ。“そうか、お前も同じ道を選んだか。うれしいけど、複雑やな。でも父さんは心配してくれてるからやで"って朝まで話して、一緒に眠ったっていう(笑)」
まさに2曲目の『Eighteen Sister』の実話ですね。愛「そうなんですよね(笑)」
愛さんが、音楽の道を進むことを決意したのは、お兄さんのデビューが決まったり活躍していたことが、きっかけとしては大きいですか?愛「当時から、ライブハウスに出だしていて。“ライブハウスってどうやって出るの? デモテープって、どうやって作るの?"って、兄ちゃんに聞いたりはしてたんですけど、岩崎慧の妹って知られるのは、すごい嫌で。兄貴の影響はあったけど、自分も音楽が楽しくなってのめり込んでいって、やりたかったんですよね。兄ちゃんと比べられたり、妹だからって近付かれるのも嫌だったんです。思春期でしたね(笑)」
その後、それぞれ別に活動されていたふたりが、お正月、お盆に帰省したときに“岩崎家お里帰りライブ"を開催されていた。きっかけは、お世話になっている方が、「帰って来てるついでに一緒にライブしたらどう?」から始まったということですが。愛「はい。やり出して、2〜3年ですかね。ふたりが十代からお世話になっている『ムジカジャポニカ』っていうライブバーがあって、そこの店長さんが夕凪って言うバンドのせい子さんて方がいて。音楽界のうちらの母みたいな存在なんですけど、その方から“あんたら、帰ってくるんやったら、ここで一緒に『お里帰りライブ』しなはれ"って言われて、始まったんですよね」
初めて一緒にライブしたときの感想は?愛「以前も一緒のステージで歌ったことはあったんですけど、完全ふたりは初めてかな。だいぶユルかったですね(笑)。実家帰って、“明日何歌う?"“それでいいわ"“ええんちゃう"って話して当日を迎える感じですね。“京都でもやってよ"“東京でもやってよ"って言われてやり出して、もうお里帰りではなくなったんですけどね(笑)。それが今回の作品にもつながっていって」