Gotch『Good New Times』インタビュー
(2016.06.08)
完成が噂されていたGotchのニューアルバム『Good New Times』が、本日6月8日にダウンロードでリリースされた。前作『Can’t Be Forever Young』は自身の宅録を中心に、曲によってゲストミュージシャンを迎える形で制作されていたが、その後にバンドで行われたツアーを経て、本作のレコーディングにはそのときのメンバーが「The Good New Times」として全面的に参加している他、ナダ・サーフのマシュー・カーズが1曲を提供し、元デス・キャブ・フォー・キューティのクリス・ウォラがプロデュースを担当。先日ミュージックビデオがアップされたタイトルトラック“Good New Times”や、2014年のツアーですでに披露されていた“Baby Don’t Cry”を含む、珠玉の11曲が収録されている。また、本作では多くの曲の歌詞が英語で書かれていて、これまで常に日本語にこだわり続けてきたGotchにとっては、非常に大きなチャレンジだったと言っていいだろう。前編・後編に分けてのロングインタビューで、アルバムに対する想いを訊いた。
(インタビュー・文:金子厚武)
アルバムの告知解禁と共にダウンロード販売がスタートし、その後追ってフィジカルでもリリースされるという形は、先日のレディオヘッドをはじめ海外ではよく見られるケースになってきましたが、日本ではまだまだ珍しいですよね。今回なぜこのようなリリース方法を選んだのでしょうか?
Gotchミュージシャンとしては、完成したアルバムをすぐに発表したいっていうのがホントのところなんだけど、製品にするために2、3カ月月待たなきゃいけなかったり、レコードを作ろうにも世界中のプレス工場が埋まってるのが現状で、そう考えると、ダウンロードからやるのが理想的かなって。フィジカル(CDやレコード)を後発にすると、予算についても考えやすくなりますし。これからはサブスクリプションがYouTubeみたいな役割になっていくっていうか、Apple MusicとかSpotifyとかって、こっちにも少しは分け前のある種巨大な試聴マシンというかね。そこから何か買ってくれる人がいたらありがたいと思いますけど。『Can’t Be Forever Young』もまずレコード・ストア・デイに合わせてアナログが先に出て、その後にCDが出てましたし、ソロだからこその身軽さでいろいろなリリース方法を試したいという気持ちがある?
Gotchありますね。どれが一番いいのかはまだ誰もわかってない気がするので、やりやすい方法を探して、それをみんなで共有すればいいというか、誰かが「これだね」っていうやり方を見つけたら、みんな真似するべきだと思うんです。そうやって、「時代に合った方法って何だろう?」って考えて続けていく必要があると思うんですよね。クラムボンのミトさんって何年も前から先鋭的だから、彼が言ってることからはずっと影響を受けています。クラムボンが今年行った手売りツアーもひとつの方法を提示してましたよね。
Gotch手売りっていうのは、サヴァイヴするためのひとつの形ですよね。クラムボンの提示の仕方はとても先進的で、愛を感じるものでした。アメリカではもう何年も前から、インディミュージシャンはツアーでものを売るしかないって状況なんですよね。まあ、こうしていろいろ考えているわりには、「リリース方法なんてなんだっていいじゃん」ってところも僕にはあって、確かに興味深いことだし、すごく大事なことだと思うけど、みんながウェブや雑誌でその話ばっかりしてるのも、それはそれでちょっと退屈だなって思ったりもして。「もっと音楽の話をしてよ」って思ったりしますしね。Gotchさんのソロ活動自体、「もっと気軽に音楽を楽しもう」という提案とも言えますよね。
Gotchでも、ソロのバンドは気軽に集まれないんですよ。みんなそれぞれに活動があって、mabanuaなんて超売れっ子だしね。だから、このバンドであと何回演奏できるのかっていうのは保証されていないっていうか、アジカンみたいにある種の忠誠心みたいな契約でやってるわけじゃないから、タイミング的にも金銭的にも、状況が許さなくなったらできないわけで、その分噛みしめながらやってます。曲を書くことに関しては、最近そんなに分け隔てなくて、作ってみて、「どっちでやった方が面白いかな」っていう感じなんですけど。そこはフラットになってきてるんですね。
Gotchそうなんです。今回「The Good New Times」ってバンド名をつけたのも、この人たちと今後も音楽を続けるとしたら、今回のアルバムの延長みたいな方向性になるだろうなって気がしたからで。ただ、もしかしたらジャスティン・ティンバーレイクみたいな音楽をやりたくなるかもしれないじゃないですか?(笑) そうしたら、そのときはそのときで考えればいいのかなって。前作と今作には大きな違いが二つあって、ひとつは「バンド録音」ということで、もうひとつが「英詞」っていうことになると思うんですけど、まず「バンド録音」に関しては、前作のツアーからの自然な発展と言えるのでしょうか?
Gotchそうですね。「この人たちとアルバムを作ってみたいな」ってパッと浮かびました。バンドで作ってみたいなって。またこのバンドで集まってツアーをしたいってイメージがあったし、こんないいバンドだったら、もっと開けた場所で演奏したいとも思って。曲の構造に関しては、ループ主体のものも多くて、そういう意味では前作からの延長線上にあるとも言えますよね。
Gotchループのフレーズはやっぱり好きなんです。ひとつテーマがありつつ、周りが変化していくのが面白くて。それをバンドでやると、打ち込み中心の1stよりももっとナチュラルで、オーガニックなタイム感になるし。単純なループフレーズを文句も言わず弾いてくれるヤツがいるのはすごいなって思います。だから、このバンドの中で(佐藤)亮くんの存在は大きいんですよね。他のメンバーの自由さを担保してくれてる。メンバーの話で言うと、さっきも名前が挙がったmabanuaさんの存在が面白いなって思うんですよね。
Gotchウィーザーとかフー・ファイターズみたいな、スクウェアな8ビートじゃない文脈の人とやるのが面白いと思ったんです。R&Bとかヒップホップの系譜のドラマーってそんなにいないから、珍しいし、面白いなって。あとは組み合わせの妙もあったんじゃないかって思いますね。たっくん(戸川琢磨)みたいな、わりとフィジカルな現場というか、ハードコアやエモのフィールドから出てきたミュージシャンと、ソウルやヒップホップ、ジャズとか、クラブミュージック寄りのミュージシャンが一緒にやってるのが面白いんだと思います。そういう混ざり方が、インディロック的なフィーリングを生み出しているというか、みんな少しずつ文脈がずれてるからこその面白味がありますよね。「ビルボードジャパン」のインタビューでは、比較対象としてザ・バンドや佐野元春さんの名前が挙がっていましたが、実際そういうイメージがGotchさんの中にあったのでしょうか?
Gotchインタビューで語っているようなイメージは、どれも半分くらいは最初からあったような気もするし、半分くらいは後付けな気もします。ただ、最初からパキッと決めちゃうと、身体って全く動かなくなるから、完成図のイメージは何となくの方がいい気がするんですよね。ガチガチじゃなくて、緩く決めてあるくらいのほうが、思ってもいなかった甘味が出るというか。「何かを掴み取ろう」みたいな手の動きだと、掴み取ろうとする方向にしか向かって行かないけど、もうちょっとゆるい心構えでいたくて。直感みたいなものだけは信じてるんですけど。ソロを始めたときから今みたいなバンド像をイメージしていたわけではないと思うし、佐野さんとの交流も自然に始まったことだったと思うんですね。ただ、今作における「The Good New Times」っていうバンドの存在だったり、ビートニク的な歌詞を見ると、ここにたどり着いたのは必然的だったように思います。
Gotchそう思います。すごく細い繊維みたいな活動がいくつかあって、いろんなところと繋がってるんだけど、それが撚り集まって糸になったというか。「あ、こういう風に繋がるのか」っていうのは、事後的に回収されるんですね。何年も前に「佐野さんってすごいな」って思い始めて、どんどん好きになったことも、今になって意味がわかります。ジャック・ケルアックとかギンズバーグとかバロウズを読んで、ビート文学に対する憧れやシンパシーを持って、それとは関係なく佐野さんのことを好きになったつもりだったけど、「なるほどね、『BEATITUDE』っていう作品を出してるんだ」っていう。随分先にこの道には佐野さんがいらっしゃったんだって思いました。言葉のこともじっくりとお伺いしたいのですが、まずはアルバム全体のイメージについて訊かせてください。フォークやサイケがベーシックにありつつ、幅広い曲調の作品になっていますが、青写真はどの程度あったのでしょうか?
Gotch曲のモチーフとかイメージはわりと散らかってるというか、四散してると思います。それをどうやって束ねて行こうかって考えたときに、アンビエントワークのような、ノイズやドローンでまとめていこうと早い段階から考えてました。ソングライティングではなく、音像で統一感を出そうと。
Gotchただの弾き語りで成り立つような曲もあったので、それをどう面白くしようかって考えたときに、MIDIで書けないようなことをやるのがいいんじゃないかって思ったんです。スコアには書けないし、自分でも何をやってるんだかわからない、思い出せもしない。それって音楽的に素晴らしいことだと思うんですよね。「楽曲の中にエラーを内包してる」ってことでしょうか?
Gotchというか、エラーなんてないんだっていう考え方です。弦を擦った音とか、2度と同じ音は出せないですけれど、むしろ再現性なんてなくていいんじゃないかと思うんです。今の世の中は再現性にまみれてると思うんですよね。ライブでもCD通りやんなきゃとか、みんなコンピューターで録音された音源を再生して、家で感じられるのと同じことを現場でもやろうとしている。もちろん、生で人が歌ったり踊ったりしてるから、プラスアルファは絶対あるので、そこにはリアルタイムの素晴らしさが立ち上がっているとは思うけど、でもそういうことから解放されてもいいんじゃないかなって。アルバムを聴くことでしか体験できないものがあっていいと思うし、ステージに上がったらまったく違うアレンジでやり始めるのもいいと思う。だから、このアルバムは瞬間的なものというか、即興をちゃんと記録するみたいなテーマもあって。「生きてる」ってそういうことのような気がするんですよ。紛れもない今しかできないことを記録し続けるっていう、それこそが録音をする理由だと思うんですよね。あくまで、「そのときの記録」だと。
Gotch自分たちですら何をやったかよくわからないっていう、そういうものの方がマジカルな気がする。曲の構造はちゃんと存在するし、歌としても進んでいくんですけど、そこにまとわりついてる音や感情は刹那的なもので、今はそれにすごく心惹かれるんです。その意味では、プロデューサーだけでなく、エンジニアとしても参加したクリス・ウォラの存在は大きかったと言えそうですね。
Gotchもちろん、ここで今偉そうにしゃべってる考えも、クリスから触発されたことがたくさんあります。彼の最近のアンビエントワークスとか本当に美しいし、彼が考えたり感じたりしていることや、録音の方法はすごく刺激的でした。そもそもなぜ今回クリスを指名したのでしょうか? さっきおっしゃった考えがもともとあって、その適任者がクリスだと考えたからなのでしょうか?
Gotchもともとデスキャブにおける端正なプロダクションに興味があったんですけれど、自分のバンドのノイズやアンビエントの要素がこんなに膨らむとは思ってなかったんです。そこはクリスによって膨らませてもらったというか、もっとやっていいんだって思いました。どうしてクリスに頼んだのかっていうのは一言では言えないんですけど、でもデスキャブだったり、ラ・ラ・ライオットやナダ・サーフだったり、そういう自分が好きなバンドとの仕事ぶりから思うに、一緒にやったらいいものができるんじゃないかって確信はありましたね。クリスとのやり取りではどんなことが印象的でしたか?
Gotchとても知的な人でした。「オブリーク・ストラテジーズ」っていうブライアン・イーノが作ったカードをずっと持ってて、みんなに配ってくれるんですよ。そこにはヒントになるような短い言葉が書いてあって、カードが配られる度にみんなの意識が少し変わるんですね。「これは英語圏の人だから恥じらいなくやるんだよなあ」って思いました。ポエトリーに対するリスペクトがある人たちだから、短いセンテンスをいろんな角度から見たりできる。日本語だと、自己啓発カードみたいになっちゃうというか、もっと啓示的なフィーリングになっちゃうと思うんだけど、英語のやり取りのされ方って面白いなって思いました。彼がスタジオで発する言葉も空気をすごくよくしてくれて、「Nice work」だったり「Cool」だったり、ちょっとした言葉で場を緩ませるというか、そういうのもよかったですね。今の話は本作で英詞が重用されていることにもつながりそうですが、そもそもなぜ今回英語で詞を書いてみようと思ったのでしょうか?
Gotchもうちょっと開いた音楽をやってみたいと思ったんです。アジカンでフー・ファイターズのスタジオで仕事をしたときに、エンジニアから「次は英語でやりなよ」みたいなことを言われたんですよ。俺たちの曲を鼻歌で歌いながら、「英語の曲も作ってくれ」って。「そうだよね」って(笑)。メロディーの良さとか、曲の面白さっていうのは、どこに行ってもある程度のフックは用意できてるんだなってわかって、だったら、もう少しユニバーサルなものを目指してもいいのかなって。アジカンで海外でのライブをしてきた経験も大きそうですね。
Gotch日本語のバンドだけど、世界中の人が聴いてくれてるって意識はあって。ヨーロッパでも南米でもツアーができたし、たぶんアメリカでもお客さんがある程度は入ると思う。だから、世界に対する意識は年々高まっていて、もう少し歩みを進めて、英語の歌を書くってこともやってみたいと思ったんです。もともとは洋楽に対する憧れがあったけど、Gotchさんは逆に「日本語」にずっとこだわってやってきたわけで、その上で改めて「英語」に取り組むっていうのは、ある種覚悟の要ることだろうなって。
Gotchいろいろ経てますよね、その辺はね(笑)。最初は欧米のロックに憧れて音楽を始めて、インディのときはわけのわからない英語で歌ってたわけですけど、その後に日本語をやりたいと思って、何年も格闘して、自分なりに言葉に対する考え方やアイデンティティを確立して、その上でもっと開いた、外国語でちゃんと詞を書きたいって思ったんです。何周か回った後ですよね。まあ、今やってみる価値があると思ったっていうか、売れる売れないとか関係なく、トライアルとして今やってみたいと思ったんです。英語で書くにあたって、何かを参考にしたりはしましたか?
Gotchリファレンスとして何かを読み返したりはしなかったです。ここ何年かは好きで買ったレコードの歌詞カードを読んで、わからない単語があったらノートに書き出したり、曲を作ってるときは、毎朝30分でも1時間でも英語の勉強をしてから仕事するようにしていました。でも、制作が終わったらやっぱりサボりますね(笑)。前に細美くんが「英語は毎日5分でも続けてやんなきゃダメだよ」って言ってて。彼は頭もいいし耳もいいし、スーパーマンだから、俺みたいなどんくさいやつはとにかくやるしかないって思うんだけど、語学は難しいですね、やっぱり。例えば、去年だと「コートニー・バーネットの歌詞がいい」みたいな話をしたと思うんですけど、そういうところからの影響があったりは?
Gotchああいう子がいると、英語で書くことに緊張しますよ。聴く人は俺が日本人だとか関係なく、同じ土俵で読むわけだし。書くっていうのは何語だって恐ろしいことですよね。まあ、英語で歌うってこと自体が丸ごと比喩だと考えれば、なんだって歌えるなって思いました。“Lady In A Movie”とか、何の歌かよくわかんないだろうけど、丸ごと形容詞として言葉を持ってきてるような行為に近いというか、丸ごと言い換えてるっていうかね。日本語でも詞を書くっていう時点である種の比喩なんだけど、さらにもう一度違うチャンネルで書き直すみたいな。自分の中で2回変換してる感じ。だから、これはある種の思考実験みたいなものだなって思いました。ともかく、面白味なんて見つければいくらでもあるから、やりたいときにやりたいことをやるのが一番いいと思いましたね。『Taxi Driver』Music Video / Gotch
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