FEATURED ARTISTS Vol.3
(取材・文・撮影 : 古溪 一道)
アリエル・ピンク、ザ・ナショナル、グライムス、ボン・イヴェール、フューチャー・アイランズ、ベイルート、チューン・ヤーズ……現在のインディ・ミュージック・シーンを牽引しているこれらのアーティストにはある共通点がある。それは、全て同じレコード・レーベルに所属しているということ。彼らの所属先である4ADは、いわゆる”レーベル買い”の出来る、”ここのアーティストなら聴いて間違いなし”と信頼の置けるレーベルの筆頭とも言えるような存在だ。
30年以上に渡ってインディ・ミュージックの世界を先導してきた英国インディペンデント・レーベルの老舗でもある4ADは、今でも上記のようなアーティストたちを擁し多種多様な音楽を生み出してるが、その歴史の中で、レーベルカラーと言っていいほどの強烈な印象を残した時期を挙げるとしたらそれはやはり、美しいヴォーカルと深いリヴァーブに包まれた幽玄的なギターや浮遊感ある音のテクスチャーを紡いだディス・モータル・コイルやコクトー・ツインズといったアーティストに代表される80年代から、ピクシーズ、スローイング・ミュージズ、ブリーダーズといった米国オルタナティヴ勢をリリースしていた90年代前半になると思う。ヴォーン・オリヴァー(と彼のデザイン・チームである23エンヴェロープはその時期のほとんどの4AD作品のアートワークを担当した)が創り出した、その音楽を可視化したような、ゴシック、退廃的、耽美的といった形容詞が似合うアートワークに彩られたその時代の4ADとそこから生まれ落ちたアーティストたちは、聴く者に永遠に消えない興奮と記憶を残した。
ドーターはその伝統的な4ADのイメージを受け継ぐ正統な後継者と呼んでいいバンドだ。
「そんな風に言ってもらえるのは、褒めてもらってるようで光栄な気分…って感じね」。
ヴォーカルのエレナが照れながら言う。「私にとっての4ADとの出会いっていうのは…15歳くらいかな…レッド・ハウス・ペインターズが最初だったんだけど、彼らはその系譜にいるバンドよね。最近だとセイント・ヴィンセントやボン・イヴェール、ザ・ナショナルなんかがいて、いろんなタイプのアーティストがいるレーベルになってるけど、すごくクールなことだと思う。凄くエレクトロニックな音もあれば美しいアコースティックな音もあるし…折衷的なサウンドを生み出していると思うし、昔から憧れてたレーベルなの。そういう場所にいれてすごく幸せだと思う」。
「4ADには確かにコクトー・ツインズやディス・モータル・コイルといったイメージもあるけど、最初に契約したのはバウハウスだしね。常にその時代において凄くエッジーな面を持ってるアーティストを生み出してきたレーベルなんだよ」。ギタリストのイゴールが強調する。「まあ確かに僕らは”女性ヴォーカルでリヴァーブの効いたギター部門”の代表みたいな感じだけどね(笑)」。
80年代の4ADの看板的ギターと90年代のシューゲイズ、そして現在のレーベルの代表的存在でもあるディアハンターを繋ぐサウンドという見方についてはどうだろう。
「シューゲイズか…もちろんインスパイアされてはきたんだけど、僕らにとっては曲が一番重要で、音に溺れることはしないようにしようって努めてきたつもりではあるね。シューゲイズ・バンドの中には曲そのものより轟音に取り憑かれるというか音に浸ることのほうが重要っていうバンドもいたけど、僕らはそうならないように気をつけてきた。英国の伝統とも言えるしっかりとしたソング・ライティングをずっと意識してきたつもりでいるよ」とイゴールは主張する。
「この後ライドを撮りに行くの? クールね!(笑)。(ちょうどライドの来日公演があった日の午後にこのインタヴューは行われた)。彼らとかマイ・ブラッディ・ヴァレンタインとかは後追いで聴いてた感じね。若い時というより最近かな」。1990年生まれだというエレナが言う。「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインは去年やっとフェスで観れたり会えたり出来たんだけど、耳栓をみんなに配ってたくらいの轟音で(笑)…とにかく凄かった。若い頃には酷い音楽も聴いてたけど、そのときから聴いておけば良かったって思えるような素晴らしい音楽だと聴いてみてわかったって感じね」。
「スロウダイヴとかもすごくハマッたけど、去年初めて聴いたくらいだしね」とイゴール。「うん、でも、僕ら、シューゲイズも大好きだよ(笑)」。
そう笑うイゴールはこのバンドのサウンドの鍵を握る中心人物だ。ライヴでは弓を使ったボウイング奏法も見せる彼のルーツはどこにあるのだろう。
「ボウイング奏法に関してはやっぱり(シガー・ロスの)ヨンシーの存在は大きいね。他には…レディオヘッドは昔からよく聴いててジョニー・グリーンウッドやエド・オブライエンのユニークさにはかなり影響を受けてきたよ。でも、僕自身としては、自分のことをいわゆる典型的なギタリストだとはあんまり思ってないんだ。ギターの音というよりは、もっとサウンドの質感そのものに興味があるし、ギターリフよりエレクトロニックな音色に惹かれたりするしね。それもあって、セカンド・アルバムではファーストの時よりリフやコードよりもメロディに重点を置いたアプローチをしたつもりだよ」。
どこか悲しげで切なくも儚くもある美しい歌声を聴かせるエレナにも聞いてみた。
「父がニール・ヤングやボブ・ディラン、母がデヴィッド・ボウイの大ファンでレコードをよくかけてたから、昔はそういったシンガー・ソングライターを聴いてたことが多かったかな。ボウイのシュールで現実離れした歌詞の世界は大好きだった。あとは、13歳くらいからかな…自分の好みで音楽を聴き始めてからは、ジェフ・バックリーが特に好きになって、ヴォーカルの面でも歌詞の面でも、初めて出会った時は衝撃を受けたわ。他にももちろんいるんだけど、子供の頃から音楽の感情面に惹かれることが多かったというか…例えばさっき名前が挙がったレディオヘッドのトム・ヨーク、彼の歌詞からは凄くハートブレイキングな感覚が伝わってくるでしょ? 彼が歌ってることを一語一句全て理解しようとするよりは、その全体が醸し出すエモーションや感覚を掬い上げることにフォーカスしてた感じね」。
そのサウンドとヴォーカルを土台から支えるドラムにはどこかポスト・ロックの匂いもする。
「そうだなあ…僕も特定の人というよりはいろんなドラマーから学んできたことが多いんだけど、ポスト・ロックというよりは、ジャズのドラマーのが影響は大きいかな」。そのドラミング同様、どこか控えめで、落ち着いた雰囲気を醸し出しているレミが言う。「自分もイゴールとある意味似たところがあって、ドラマーらしいドラマーとは思ってないんだけど、リズム全体を分析したりするのが好きなんだよね。”ただバックビートを刻んでるんじゃなくて奇妙なリズムなのに、どうして上手く作用してるんだろう?”とかよく考えたり研究したりしてるよ。最近ツアーしてて出会った中では、ザ・ナショナルのドラマーやウォーペイントのステラなんかは素晴らしいドラマーだと思うけどね。いろんな人のプレイを観て”何故こんな風にやってるんだろう? どうやってやってるんだろう?”って分析して、自分にも似たようなことが出来るか取り入れてみたりすることもよくあるよ」。
そんな彼らの、先日リリースされたセカンド・アルバム『ノット・トゥ・ディサピアー』が素晴らしい。
前出のディアハンターやアニマル・コレクティヴなどを手がけたプロデューサー、ニコラス・ヴァーネスとイゴールの共同プロデュースによってNYでレコーディングされたこの作品からは、「New Ways」や「How」「Fossa」といった曲に代表されるように、よりダイナミズムが増し、奥行きが広がった印象を受ける。
「うん、今回は例えばリヴァーブにしろなんにしろサウンドをダイナミックでパンチの効いたものにしようという考えはあったね。ファーストをリリースしてからツアーをしてまわった経験はかなり大きいよ。ライヴで自分たち自身がよりエキサイティング出来るサウンドを目指したっていうのは確実にあると思う」とイゴール。
エレナが付け加える。「今回はとにかく新しいことに挑戦することを怖れないでいようとだけは思ってたかな。常にドアをオープンにしていたいって思ってて。”こういう音にしなきゃ”って決めつけたりせずに、例えばギターにこだわらずにエレクトロニックなものになってもいいし、シンセを使ってもいいし、音の質感を変えてもいいし、奇妙な音になってもいいし(笑)…っていう風に、いろんな実験的なアプローチを取り入れてみた感じね」。
これまで過去のEPやデビュー作では曲のタイトルが全部ワンワードで統一されていたが、今回は変化が見られるのもその延長なのだろうか。イゴールが笑いながら言う。「うん、それがまさにいま言った”これまでの形にこだわらず新しいものはなんでも取り入れる”って姿勢の表れのひとつだね(笑)。曲にふさわしいと思ったらこれまでの形式や流れに囚われることなく取り入れていくっていうね。アルバム・タイトルを歌詞の一節から取ったっていうのは前と同じなんだけど」。
その一節を抜き出した理由をエレナが教えてくれた。「歌詞の多くは孤独や疎外感について歌っているんだけど、このアルバムを聴いた人たちが、どれだけ自分の存在が周りからは透明人間のようになってしまってると感じたとしても、”ちゃんと存在してるんだ、消えたりしないんだ”ってことを感じて欲しかった…って想いがあったとは思う。それと同時に、”私はどこにも消えたりしない”って私自身に対するメッセージでもあるの。1枚目のタイトルは「もしもあなたが…」ってどこか人に依存的な響きがあったでしょ? だから、以前よりも自分自身が、意志が強くなったことの証明でもあるかな」。
「Numbers」での”I feel numb”という呪術的にも響くエレナの囁きとそれに続く大地のようなリズムは、ウォーペイントのミステリアスな空気とデッド・カン・ダンス(80~90年代の4ADを代表するもう一つのグループ)の世界を繋いでいるようでもある。撮影時にレミが静かに呟いた言葉が4ADとこのバンドの魅力のひとつを表していたようにも思う。
「今回の日本滞在で「し」という言葉(音)が「詩」と「死」の両方を意味するって初めて知ったんだけど、それってなんか凄くいいなって思ったよ(笑)」。
エレナが同意する。「まさに”詩的”よね。すっごく素敵だと思うな」。
- 2024.10.23
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