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(2011.04.29)
千葉真子 ×後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

後藤「現役では15年間ご活躍されて、その間辞めずに続けてこれた理由は何ですか?」

千葉「30歳で引退をしたんですけど、実は私は走るのってあんまり好きではないんですね」

後藤「そうなんですか!?」

千葉「ゆっくり走るのは楽しいんですけど、早く走るのって本当に苦しいし練習は大嫌い。走るのが大好きだっていう選手の方もいらっしゃいますけど、私はどちらかっていうと嫌いなタイプです。でも、頑張って続けていると友達が増えたり外国に行けたりして世界が広がるから、走ることを全体として見ると好きだなと思うんです。それから、何かひとつの目標に向って一生懸命頑張っていると、達成感を得られたり自分のことがちょっとだけ好きになれたり。自分が輝ける場所、一番自分に向いているなと思ったのがマラソンだったので、続けてこれたんです」

後藤「引退を決断されたときって、どんな気持ちだったんですか? 僕は、18歳くらいから音楽をやってきていますけど、音楽は競技ではないので引退っていう線引きが具体的にはないと思うんです。バンドの解散とかはあると思うんですけど、楽器をやりたければずっと続けられるし、なくなってしまうことはないので。マラソンも競技にしなければ、どこでもできる良さがあるとか思いますけど。こんな僕ですら、高校野球が終わったときはかなりの喪失感だったので、プロスポーツ選手の方が、引退するときのメンタリティってどういうものなんだろうって思って」

千葉「引退レースが終わって次の日の朝、もう走らなくてもいいんだって思うと、ものすごく心が穏やかになりました。羽が生えたような気分で、今までできなかったこと、いろいろやりたかったこともあったので、最初はすごく楽しかったです。だけどやっぱり、他に何か一生懸命になれるもの、何か頑張れることがないと楽しくないですね」

後藤「今、マラソンの代わりになっているものって何ですか?」

千葉「でも、やっぱりマラソン、スポーツ関係ですね。今までは、自分がベスト・スマイルになるために走ってきましたけど、今はみなさんをベスト・スマイルにすること支えることが自分の喜びになっています。そういうのがなかったら、ものすごく喪失感に包まれていると思いますけど、運良くそれができる仕事をさせてもらっているので」

後藤「マラソンの解説とかもされていますもんね」

千葉「でも全然思い通りにできなくて、何て自分は薄っぺらい人間なんだっていつも思います」

後藤「そういうことを思うんですね」

千葉「思いますよ。諸先輩方のコメントには深みがあるので、それを聞いて落ち込みます。後藤さんのバンドの音楽を聴かせてもらいました。私は、"明るく元気に頑張ろう"的な感じが多いんですけど、後藤さんは等身大の自分を表現されるというか、素直に正直に自分を描かれていて、聴いていて癒されるというか」

後藤「ありがとうございます。僕は、高校以来補欠のメンタリティなんです。"楽しい人達ばかりじゃない"っていうような、斜めに見てしまうところがあるんですよ」

千葉「それはそれで、正直なことを表現されていることが素晴らしいなって思ったんです。私だって悲しいことも辛いこともあって、誰だってそういう思いはあるとは思うんですけど。それを歌にするから、そんなに暗く感じないというか、悲しくないっていうか。私はそう感じました」

後藤「暗い歌が自分に必要だったっていうのはありますね。人に頑張ろうって歌われてもなっていう時期もありましたし。頑張ろうって歌も、世の中に必要としている人もいるだろうし。いろいろあっていいと思うんですよ」

千葉「もちろん。自分の影の部分は、"頑張ろう"って言葉で、掻き消してしまう人も多いと思うんです。私自身も、オリンピックに行った経験もあるんですけど、2004年のアテネオリンピックのときは行けなくて補欠になってしまった経験もしていて。オリンピックに行くために全てを犠牲にして頑張ってきたのに・・・・・・って、自分のアスリート性を全て否定されたような気持ちになって、何も考えられなくて頭が真っ白になって、本当に悲しいときは涙も出ないんだなって。今までだったら挫折することがあっても、明るく前向きに頑張ろうって思えたけど、そのときだけは思えなくて。そのとき、いつものコースをジョギングしていて、"自分はオリンピックのときに何をしているんだろう?"と思い描いたら、初めて涙がポロリとこぼれて素直になれたんです。オリンピックでは補欠だったけど、自分の人生の主役は自分だから、自分の人生は大事にしたいなって心に決めました」

後藤「僕らには想像もつかない経験ですね」

千葉「私にとってみては、人生を賭けてやってきたことなんで重大なことでした。大きな挫折があったときほど、人として大事なことを学べる気がします」

後藤「そういうことを言っていただけると、僕もそうですけど、これを読んでいる人とかも"頑張ろう"って思うと思います」

千葉「私の世間のイメージとしては、明るく元気なキャラだと思うんですけど、それでも解説とかできなくて落ち込んだり、時には無理していることも正直あるんです。そういうときに、アジカンさんの曲を聴かせてもらうと安心するかもしれません」

後藤「ありがとうございます。でもまさか、千葉さんがあんまりマラソン好きじゃないなんて、思ってもみませんでしたね。昔テレビで見ているときとか、"きっとマラソンが好きだから速く走れるんだろう"って思ってましたから」

千葉「他の選手には好きな人もいますね」

後藤「マラソン選手はみんな走るのだ大好きってだって、一括りにしてはいけないですね」

千葉「そう思われがちですけど、趣味ではないんでね」

後藤「ああ、なるほど。"趣味ではない"って、その言葉すごいわかります」

千葉「後藤さんの音楽は、どうですか?」

後藤「一時期、仕事をしながら音楽をやっていたんですけど、その当時"趣味でバンドをやっている人"って言われると、"畜生!"って。"気持ち込めてやってるんだけど"って思ったんですけど。今こうして仕事になってみると、趣味みたいなところはあるなって思いますね」

千葉「その時々ですよね。でも働きながらやっていたって経験は、活きているんじゃないですか?」

後藤「そうですね、学んだことは多いですね。僕はデビューが遅くて、26歳なんですけど、それまでのサラリーマンの仕事で、社会勉強はできましたね」

千葉「何をやられていたんですか?」

後藤「書籍や絵葉書やカレンダーを書店や文房具店に持って行く営業を、小さい出版社でしていました。自分が今は作品を作って売ってもらう側で、その売る側の仕事をしていたので、裏方さんの気持ちがわかるっていうか。スタッフも作品が好きじゃなかったら、売りたいと思わないだろうし。だから僕は、本当に才能があって10代からアーティストをしていてその道一本っていうミュージシャンの人とは、見方が違うところは、あると思いますね。どっちにも面白さはあると思いますけど。でも僕の中では、そのスタッフの立場っていうのも経験できたのは大きいと思います。あとは、高校時代の野球部の経験は大きいですね。プロ選手になれるのは、本当に一握りの超人と言われる人で、僕にとってのスポーツは挫折でしかなかったですけど。未だに夢に出てきたりしますから、エラーする夢とか(笑)。2年位前に甲子園に高校野球を見に行ったんです。母校が出ていたわけでもなく、地元の静岡県代表が出ていた試合だったんですけど、泣けると思ってなかったんだけど泣けちゃって。ここに出たかったんだなと思うと」

千葉「確かに叶わない人も多いかもしれないけど、必ず次の夢に繋げていけると思います。それこそ、ミュージシャンだってそんなに簡単にはなれないじゃないですか! 後藤さんは作詞作曲をされているんですよね? どんなときに思い浮かぶんですか?」

後藤「ふと思い浮かぶメロディもありますし、ふらっと走りに行くように楽器をふらっと持ったりして弾きながらできたりすることもあるし。あとは、スタジオに入って曲を作ろうと思ってできるときもあるし。ミュージシャンて、不思議な職業だと思いますね。規則性もないし」

千葉「走りながら曲が思い浮かぶかもしれませんよ。やっぱり、走るしかですね(笑)」

後藤「そうかもしれないですね(笑)。僕はよく散歩とかするんですけど、そのとき良く考え事もできるんで」

千葉真子 -PROFILE-

1976年7月18日、京都府宇治市に生まれ、立命館宇治高で本格的に陸上を始める。1995年に旭化成に入社、1996年4月に1万メートルで日本新記録(当時)をマーク。同年アトランタ五輪1万メートルで5位入賞。1997年1月、東京シティーハーフマラソンで1時間6分43秒の日本最高をマークした、同年アテネ世界選手権で日本人トラック初となる1万メートルで銅メダル獲得。その後、マラソンへ転向し、2003年パリ世界選手権のマラソンで銅メダルに輝き、トラック、マラソン両方でメダルを手にした。2006年に現役選手を引退。以降、ゲストランナーやスポーツコメンテーターなど幅広く活躍中。
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