今、この社会をサバイブする私たちの生活にもっとも必要な音楽のひとつにきっとなるだろう。ソフトタッチが実に11年ぶりにリリースする最新アルバム『リビルド』はまさにそう確信できる傑作だ。さて、そんな今作の発売日である9月12日までついに1ヵ月を切った8月17日、東京・タワーレコード新宿店7Fイベントスペースにて『リビルド』の発売記念インストア・イベントが開催された。タワーレコード新宿店では全国リリースに先駆けて7月11日よりすでに『リビルド』が発売されており、詰めかけた観客の中には手に入れたばかりのアルバムを携えている人の姿も多い。ソフトタッチのメンバー4人とプロデューサーを務めた後藤正文を招いてのトーク・セッションにミニ・アコースティックライブ、さらに購入者限定のサイン会と盛りだくさんの内容で行なわれたこのイベントの模様をここにレポートしよう。
予定通りの19時に、まずはトーク・セッションからイベントはスタート。モデルでラジオパーソナリティとしても活躍する菅野結以を司会進行として、最初にソフトタッチ、続いて後藤が登壇するや大きな拍手が起こった。総勢6人が乗るには少々手狭なステージで、マイクの準備に手こずっている渡辺大介(B.& Cho.)に向かって後藤が「でか大(渡辺の愛称)、マイク食べるよね」とさっそくひとイジリ。のちのトークで本人も触れていたが、限りなくマイクに近い距離でコーラスする姿がまるで食べているように見えるのだという。「食べないよ?」と慌てて切り返す渡辺に場内は爆笑。なんとも牧歌的な幕開けだ。
ひとり一人が自己紹介した後、一発目の話題はそもそもソフトタッチと後藤との出会いについて。かつてインディー・レーベル、アンダーフラワーのレーベルメイトであり同期のような存在であったことは当サイトに既知の事実だが、この日、佐野史紀(Vo.& Gt.)が明かしたところによると初エンカウントは、渋谷のタワーレコード地下に設けられているイベントスペースにてソフトタッチがライブを行った際、後藤が観に来てくれたときだという。その内容よりも社会人らしい慇懃な口調の佐野に反応して「その謙譲語みたいなの、やめてよ」とからかう後藤だが、佐野も返す刀。
佐野「でも細かいことを言うと、その前にウチのメンバーがアジカンのライブを観てて」
後藤「そうなの?」
佐野「あ、観に行かせていただいてて」
しれっと謙譲語を重ねて後藤に応酬。「だから、やめてってば〜」と後藤が吹き出すとオーディエンスも一緒になって笑う。こうした同期らしい気心知れたテンポ感はなんとも心地好いものだ。もちろん1年に渡って一緒に制作をしてきた信頼感に基づき、育まれたものでもあるだろう。ちなみにソフトタッチの中で一番最初にアジアン・カンフー・ジェネレーションのライブを観たのは渡辺らしい。
渡辺「下北沢のガレージっていうライブハウスで初めて観て。で、楽屋に行って“お友達になってください”って言ったの。覚えてないかもしれないけど」
後藤「ガレージに出てた頃は常に心が閉じてたからね(笑)。ちょっとオシャレなライブハウスで、俺らは横浜から来た外様って感じだったから」
そのため残念ながら記憶には残っていないとのことだったが、しかし、ソフトタッチとアジカンはその後、互いにリスペクトし合うようになり、対バンライブや小規模ながら一緒にツアーを回る仲となっていくわけだ。
その後も一緒に作品を作ることになった経緯や、アルバム制作時のエピソードなど和気藹々とトークは進む。当時は星野誠(Dr.& Cho.)が板前をしていたため水曜日しか休めず、全員がなんとかやりくりして毎週水曜にスタジオに集合して作業していたという社会人バンドならではのエピソードも語られた。だからこそ「スタジオに入ること自体が原動力になっていたところがあって。音を合わせることが次に繋げる力になった」と制作を振り返っての山田真一(Gt.& Cho.)の言葉が印象深い。11年ぶりにバンドで音を合わせた瞬間、「すぐに“ああ、ソフトタッチだ!”と自分で思った」と渡辺が明かせば、レコーディング初日で緊張しているときに後藤からかけられた「フィーリングを大切にね」という言葉がとても救いになったと佐野も告白。行き詰まっていたドラムの録音がようやく上手くいったときにはブースの向こうで全員が総立ちで盛り上がっていたと星野と後藤が笑いながら回想する一幕も。結果として1年という長い期間を費やして誕生した『リビルド』。実質的にかけた時間は2週間ほどだというが、そうしたささやかなエピソードのひとつ一つをチームで共有し、互いに支え合っては大切に音楽を積み上げてきたからこその傑作なのだと、トークを楽しみつつも腑に落ちる気がした。
アルバムが完成したときには「自分たちのアルバムができたときより達成感がありました。どこまで行っても自分のバンドは自分の内側にしかないけど、外側から見ていると出来た瞬間がよりパキッとしてるんです。美しい瞬間に立ち会えたのが嬉しかったし、ひとりのファンとして待っていたところもあったから、鳥肌を立てながら聴きました」と後藤。
ソフトタッチも「11年ぶりだったので、ホント感慨深くて。“次、大丈夫かな?”と思うくらい大切なアルバムができました」(佐野)、「録音していく過程がすごく刺激的で、プレイヤーとしてのスキルや意識が上がったのを感じてます」(山田)、「友達に“いいアルバムだから聴いてよ”って自信を持って言える作品です」(渡辺)と口々に手応えを語る。また、「プロデューサーだけど、すごくフラットに接してくれて」(星野)、「僕らだけだと目線が凝り固まってしまうところをゴッチはパッと広げてくれる。あと、単純に戦友が隣にいてくれてるのが頼もしかった」(渡辺)と後藤への心からの感謝も。
最後に「次も期待していいのでしょうか?」と司会の菅野から、ファンにとってももっとも気になる質問がなされると「レコーディングの終わりかけに佐野くんから10曲ぐらいのデモが送られてきて。今、スイッチが入っていて溢れ出ている状態みたい」と後藤が嬉しい情報を。さらに「この作品を世に届けたあとにまた一緒に次のアルバムを作れたら嬉しいなとレーベル主宰としては思ってます」との公開ラブコールに場内はやんやの喝采に沸いた。もちろんソフトタッチの4人も笑顔で頷いている。これは期待してよさそうだ。
話題と笑いの尽きぬまま、予定の30分を大幅に超えて、なんと45分にも及んだトーク・セッション。続いてはお待ちかねのミニ・アコースティックライブだ。
一旦ステージから降り、再び戻ってきた4人は楽器を構えるや、チューニングも兼ねているのだろう、各々に音を鳴らし始める。最初はバラバラだった4つの音が次第に縒り合い、ひとつのバンドサウンドになっていく様のなんと鮮やかなことか。
「こんばんは、ソフトタッチです」
改めて佐野が挨拶、温かい拍手に包まれながら、演奏はほぼシームレスに1曲目「希求」へとなだれ込んでいく。まるで風のように軽やかに、爽やかに、オーディエンスの間を吹き抜けていく音楽。
滑らかな音の粒に頬をなでられるたび、目の前に広がるのは私たちが暮らし過ごしているリアルな街の風景であり、その息遣いが体温を伴って耳の奥をいっぱいに満たしていくような感覚にとらわれて、陶然としてしまう。目をみはるのは、ぴったりと息の合った4人の演奏だ。ブランクなどまったくもって感じさせない。アコースティック編成だからか、なおのことアンサンブルの肌触りが生々しく、それがこの上なく快いのだ。蛇足ながら、渡辺のコーラスはたしかにマイクを食べているように見えなくもなかったが、むしろ大きな体の見た目に反して、とても繊細に佐野の歌に寄り添っているのがとてもよかったと付記しておきたい。
「こんな賑やかな場所で、このような形でやれるのがすごく嬉しいです。みなさん、楽しんでますでしょうか」
そう呼びかけて2曲目は「out of the window」。佐野のFacebookにアップされたこの曲のデモに感銘を受けた後藤がすぐさまメールを送ったことで今作に結びついたとトークでも明かされた、まさに『リビルド』の始まりの曲だ。いっそう太さを増す演奏、佐野の歌もグッと力強さを帯びる。ひときわ声を張って歌われる“♪もうやめた”やサビの“♪何が見える それは窓の外”での瞬間的な爆発力、2コーラス目も同じ歌詞をリピートする楽曲でありながら“君もだろって繰り返す”の“君もだろ”を2回目では“おまえもな”に替えて歌うなど、そこここに“自分たち自身をもリビルド(再建、再構築)するのだ”という前のめりな意志をひしひしと感じてやまなかった。
「今日はアコースティックライブをやらせていただいていますが、ふだんはライブハウスで、もう少し大きな音でソリッドなライブを繰り広げております」と次のライブを告知、「そうだ、最後にこのあとサイン会があります。ぜひサインさせてほしいので、お残りください!」と佐野。丁寧と強気が混ざったその口ぶりに、またドッと笑いが起こる。それにしても客層が思っていた以上に幅広い。インディーズ時代からのソフトタッチファンのみならず、20代前後の男女や、中には10代と思しき顔もちらほらと見える。意外なほど同窓会的な空気はほとんどなく、むしろ新たに出会えた音楽にワクワクと心躍らせているようなはずんだムードのほうが多くを占めていているのが実に印象的だ。「おじさんもロックしていいんだよ。若者だけのものでなくていい。40代から素晴らしいアルバムを作ったミュージシャンもたくさんいるし、音楽は何歳だってできる。みんなで歳を取りながらいいものを作っていけたらいいなと思ってます」とトーク・セッションの締めにレーベル主宰として後藤が言っていたが、今ここにある空気がまさにそれだとも思えた。
ミニ・ライブのラストは「Circle」だった。『リビルド』というアルバムの完成度、音楽的中毒性の高さはこの日、披露された3曲からも充分に伝わったはずだ。けっして派手ではない。けれど、一度聴けば耳から離れない。私たちの日常に伴走して、時折、小さな気づきや考察をもたらしてくれる。社会に視線を向けながら、かといって敵対するのではなく、そこに生きる一員としてよりよき再構築を考える、そんな真摯な音楽が『リビルド』には詰まっている。だからどうかアナタの元にも届いてほしいと心から願う。
「どうもありがとう! また会いましょう!」
晴れやかな表情で去っていく4人に惜しみない拍手が注ぐ。同時に『リビルド』を買い求めに走る人たちの姿も少なからずあった。場所を移してのサイン会では長蛇の列ができ、うれしそうにアルバムを差し出すファンとの笑顔の交流が続いた。
MCでもアナウンスされた通り、このあとには9月23日の東京・下北沢GARAGEをはじめ、11月30日の東京・下北沢BASEMENTBARまで何本かのライブが決定している。特に11月30日は『リビルド』のリリースを祝したレコ発ワンマンとなり、オープニングアクトには彼らと親交の深いバンド、桂田5が出演するという。ソフトタッチのオフィシャルサイトにてスケジュールを確認の上、ぜひ足を運んでほしい。