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岩崎愛『TSUBOMI』ショートライナーノーツ


(2018.06.13)

“太陽や風の匂いを含み、鮮やかに響く歌声” 〜岩崎愛『TSUBOMI』に寄せて


(文:天辰保文)

 遠くで海と空が一つになるような見晴らしのいい野原に立っている。しっかりと、大地に足を着けて立っている。広くて、大きなその景色の中で、彼女の歌声は、太陽や風の匂いをも含みながら鮮やかに響く。

 岩崎愛の歌声を、初めて聴いたときの印象は、まるでそんな感じだった。伸びやかに、快活な弾力さえともないながら響く歌声に驚いた。そんなことを話すと、初対面の彼女は、屈託のない笑顔を返した。
 別に、自然のことを歌っているわけではないのに、むしろ、歌われているのは都会での若い女性の暮らしぶりであり、日常の中で彼女が見たり、聴いたり、感じたりしたことを綴っているのに、でも、その歌声のすっきりとした強さや大きさは、他の誰でもない、彼女ならではの存在感を訴えかけていた。
 岩崎愛。大阪生まれの女性シンガー・ソングライターだ。母親が音楽が好きで、幼い頃からスティーヴィー・ワンダーやマイケル・ジャクソンに馴染んでいたらしい。殊に、アコースティック・ギターを手にしたり、歌を書いたり、歌ったりするようになる上では、一足先に音楽の道に進む兄の影響が大きかったそうだ。

 小遣いで初めて買ったCDは何でしたか、という問いには、「小沢健二の『カローラllにのって』」という答えが返ってきた。ただ、その頃に買っていまもなおずっと聴き続けているものとなると、キャロル・キングやジヨニ・ミッチェルといった海外の女性シンガー・ソングライターの歌になるという。
 その後、偶然耳にしたアデルの「センド・マイ・ラヴ」にも心奪われた。「凄いなと、強いなと、思いました。この曲は、どういう構成なのだろう、どういう歌詞なんだろう、と興味が湧きました」と。それらに加えて、ユーミンの荒井由実時代の歌は以前からずっと好きらしい。
 地元大阪のライヴハウスで歌うようになり、そこそこ客席を埋めることができるようになったが、2009年、新しい刺激や環境を求めて上京、2016年には、初のアルバム『It's Me』を発表する。「これが、精一杯です、といった感じでしたが、でも、これが私ですと、ちゃんと出せる音源が出来たのは、初めてでした」。

 それから2年、アルバム『TSUBOMI』には、新たな、それも確かな一歩が刻み込まれることになる。「頭の中で鳴ってる音を、ちゃんと再現できるようになって、曲の作り方も変わったし、新しいことが始まったような気がして、それで、『TSUBOMI』と名付けたんです」。
 7曲入りのミニ・アルバムだが、その体裁も、新しい予感を伝えるにはちょうど良い感じだ。「音楽を始めた頃のように純粋に楽しくて。しかも、そう思えるということは、いままでやってきたことが間違ってなかったんやなと。だから、いまは、音楽を作ることがとても楽しいんです」と。
 なによりもまず、この『TSUBOMI』は、彼女に、素晴らしい経験をもたらすことになった。プロデューサー、エンジニアにトロイ・ミラーを迎えてロンドンで録音したことだ。ロンドン録音も、トロイ・ミラーを迎えることも、彼女の発想の選択肢には全くなかったが、「それまでとは違った視野で見れる人と一緒にやってみたい」という思いが、彼女の心を動かした。それに、「彼がプロデュースしたベッカ・スティーヴンスの音源を聴き、ライヴにも足を運んで素晴らしいなと思いました」。
 ロンドンでの録音は、彼女に全く新しい視界を開かせることになる。「例えば、一つの音を探すのに、スタッフの誰かが着ていたTシャツをこすったりして、その音をサンプリングする。そうやって、一つ一つ音を探していく。自由で、手作りの作業に驚きましたし、楽しくて。そこいら中に、音があふれているというのを実感しました」。

 その結果、音楽に対する発想が、とてつもなく広がった。ひょっとすると、彼女の中で、知らないうちに音楽に対する約束事が築かれていたのかもしれない。「音楽を作る上で、凝り固まり、縛られることは何もない。自由にしていいんだ、いろんな音を入れてもいいんだと思えるようになりました。それまで、自分では出来ないと勝手に決めていたことがやってみると出来ました。それが楽しくて。だから、いま、音楽を作るのがすごく楽しい」。 そして、「これからどんどん変わっていくだろうと感じています。やっと、変化のときを得た気がしているから。だから、新しい音楽ができたら全く違うかもしれない。あるいは延長線上かもしれない。自分でも読めなくて、、、。ただ、こんなもんちゃうで、と言っておきます」と笑顔に、声を弾ませた。その瞬間、未知なる音楽までもが、弾んでいるようにもみえた。

<天辰保文>
音楽評論家。1949年、福岡県生まれ。音楽雑誌の編集を経て1976年以降フリーランスとして活動、新聞や雑誌への寄稿、トークイベントやラジオ番組への出演等を通じて評論活動を行っている。レコードやCDのライナーノートも多数手掛ける。著書に「ゴールドラッシュのあとで〜天辰保文のロック・スクラップブック」「スーパースターの時代/変容する70年代ロックのすべて」共著に 「ウエスト・コースト音楽百科」等がある。


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