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佐々木 中(作家、哲学者) が選ぶ2017年 ベストアルバム

Red Velvet- Paigey Cakey

Modern Times-PUNPEE

Glorious Twelfth- 67

Yesterday’s Gone-Loyle Carner

Starry night’17-Crucial Star

Tuxedo II-Tuxedo

Freudian-Daniel Caesar

火宅の人 -鬼

DAMN.- Kendrick Lamar

All-Amerikkkans Bada$$-Joey Bada$$


一部の例外を除いて、昨年末ブルーノ・マーズが打ち出した流れのフォロワーはほとんどいなかった。ついて行けなかった、というべきか。ブルーノは結果的に孤高のアーティストになった感すらある。まず反動に見え、そして孤高となる--それは実は本物のアーティストの条件なのかもしれない。私もそういう作り手を好むし、今年のセレクトも、その個人的な好みが反映されていることは確実だ。また、あいも変わらぬヒップホップのサブジャンルの浮沈とそれにまつわる駄弁は全てこれを無視する。音楽ジャンルとしてのヒップホップはこの世界に対して大きすぎも小さすぎもしないのだから。

さて一応はアルバム縛りということで、悩みました。Kamasi Washington, Harmony of DifferenceとLogic, Everybodyが次点。Kamasiは今作で作曲能力の上達を見せつけたので、次回作こそが最高傑作になるのではなかろうか。そしてLogicはやはり、批判者が言うようにもうひとつ同時代の誰彼に似すぎている--そのラップのスキルとプロダクションの素晴らしさは言うまでもないけれども。

PUNPEE, Modern Timesは2015年、プリンスが放った”アルバムって覚えてるか?”の問いかけに答えるような、アルバムとしての完成度を希求する「世界で」随一のアルバム。なおかつ、誰もが知るあの才人PUNPEEならこれくらいはやるであろうという予想をさらに遥かに超えてきた今年の日本語ラップ最高の一枚であり、ノスタルジーが未来に投げる希望の灯火。こう言っても、ほとんど反対の声はあがらないのではないか。

Paigey Cakey, Red Velvetはロンドン生まれ、金縁眼鏡がトレードマークのフィメール・ラッパーが世に送り出したアルバム。不思議と病みつきになる不敵な何かをそれはもうなみなみ湛えていて、それは言い当てることがきわめて難しい質のものなのだが、しかしヒップホップがヒップホップであるために欠かせない何かだ。Your full-time job should've been a hater. と彼女と声を合わせて吐き捨ててみることを心から勧める。今年、実はラップアルバムで一番繰り返し聞いたのはこれかも知れない。

67, Glorious TwelfthはUKドリルを間違いなく代表するアルバムで、テクニックといいトラックやMV撮影の手法といいリリックといい、流行りのラッパーたちの曲の大半を一気に色褪せさせるに足る。このモノトーンの冷ややかさと、聞き手の肺腑をじりじりと抉ってくる、言い知れない焦慮はどうだ。半ば醒めてこれは夢だと悟りつつ、しかし眼前に広がり延々と続く悪夢の中にどうしようもなく居続けるしかない〜〜というような感触を残す、稀有の作品。

22歳の新鋭ブリティッシュ・ラッパーLoyle Carnerは辛辣というにはあまりにも感じやすく真摯な、しかし落ち着き払ってなお怯懦を知らない声と語り口を備えている。ファースト・アルバムになるYesterday’s Goneで、ゴスペル、ジャズ、ソウルミュージックを基調としたレイドバックしたサウンドと相まって、彼は見事に思慮深い一人の詩人として姿を現した。どんなギミックもそこにはなく、ただ、ゆっくりとサウスロンドンの日々の喧騒と哀歓が響いて来る。だからこそ、抗し難く魅力的なアルバムなのだ。

多士済々と言うほかない韓国の音楽シーンをCrucial Star, Starry night'17で代表させるのは無理があるかもしれない。Ohhyukと組んだ傑作”Bawling”も記憶に新しいPrimaryの2枚のアルバムやPeejayの”Walkin’ Vol.2”も印象に残っている。それともいっそ、EXOのThe Warをあげるべきだったか。しかし淡い叙情に満ちてなお、ポストヒップホップカルチャーの中にいる音楽としての存外の太さ強さも兼ね備えているとあっては、他に代え難いと言わねばならない。そしてまた、今年アルバムを出しはしなかったものの、耳について離れないSuran feat.DEAN “1+1=0”とLoco feat. DEAN ”Too Much”の2曲に名を連ねた男の手腕は、などと言えば今更だろうか。 しかし筆者にとって最大の驚きはEric Nam, Gallant, Tablo”Cave Me In”である。なんという肌理。この曲に関しては必聴と言うほか言葉が無いし、これに比べれば世に高く評価されているR&Bチューンはみな「眠たい」、とまで言おう。

Tuxedoは2年前のファーストアルバムの方が良い。それは認めよう。しかし、散見されるようになったメイヤー・ホーソーンのフォロワーの誰を持ってしても、彼のペンの力と音楽的教養、(そして今回はあまり前景に立ってはいないものの)あの仄かなユーモアのセンスに太刀打ちできないこともまた明らかになった一年だったことも認めなくてはならない。

Daniel Caesar, Freudianのタイトルチューンを目にした時には勘弁してくれとため息を漏らしそうになったが、まあ、仕事柄である。そしてそれは杞憂に終わった。もちろんFrank Oceanの切り開いた道の途上にいるアーティストだが、彼よりもずっと(良くも悪くも)無垢で、そしてなによりもゴスペルの支えがある。幾度か訪れるその無垢なリリックと声の響きの交響の瞬間は、息を呑むほどだ。このセレクションのなかでもっとも万人に勧められる一枚だろう。

衝撃の「小名浜」から8年、最後のオリジナルアルバムから5年を経て鬼が帰還した。「火宅の人」は地獄に落ちてあがきもがいてもどこか洒脱で、叙情に満ちた悲痛な叫びのなかでも自己を突き放していて惑溺すると言うことを知らない、彼の美質が良く出ている快作。辛辣で愉快な皮肉を飛ばすときにも、その皮肉はいつも鬼自身をも刺すか知れないのだ。「関係者乙 / 騒ぐ意味あんの? / 業界内ばら撒く黍団子」(「鬼退治」)とせせら笑いたい夜は誰にだってある筈。

KendrickとJoeyに関しては語り尽くされているだろうから多弁を弄するのはやめよう。言うまでもなく必聴の傑作である。それよりも落ち穂拾いを。

磨かれ切ったギターファンクであるSteve “Stone” Huffの”Throwback”, 健康なノスタルジーが甘やかなOctober Londonの”One Shot to Love”, ふと荒涼としたものが触れてくるCalvin Harrisの”Slide”, どこか訥々としてなお凛としたたたずまいを見せるIvy Soleの”Dream Girl”, 「あのskylineにたどり着けたら」というリフレインがひそやかに掻き乱すFKJの”Skyline”, スムースにすぎるようで何か微量の切実さが確実に刺して来るJoe Herzの”FOMO”, そしてWyclef Jeanの”What happened to love” は、忘れがたい佳曲。間が悪かったのか、”What happened to love”がフロアで鳴り響く瞬間に出会えなかったのが心残り。そして”Smile”におけるLeven Kaliのハスキーで無垢な声は近い未来に開花する才能を感じさせた。

というわけで、皆さん良いお年を!


Profile

佐々木 中(作家、哲学者)

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WEB
www.atarusasaki.net

BIO
作家、哲学者。京都精華大学准教授。著書に『夜戦と永遠〜フーコー・ラカン・ルジャンドル』(河出文庫)、『切りとれ、あの祈る手を 〜〈本〉と〈革命〉をめぐる五つの夜話』(河出書房新社)、『晰子の君の諸問題』(河出書房新社)、『夜を吸って夜より昏い』(河出書房新社)など多数。いとうせいこう氏と「小説チャリティ・セッション」を試み、七尾旅人氏の「百人組手」にも出場。


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