青野圭祐─2013.1.20─
皆様、改めまして、2013年、あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
さて、
僕の2012年ベストアルバム で選盤した際にも書かせていただきましたが、13年最初の僕のレコメンドは、昨年末頃にリリースされた、平沢進さんの12枚目となる、オリジナル・フルアルバム『
現象の花の秘密 』について書かせていただきたいと思います。
only in dreamsレコメンドページをご覧の皆様は、平沢進さんという「音楽使い」をどのような形でご存知でしょうか。
70年代の後半にYMOブームの追い風を受けて、ヒカシューやプラスチックスとともに「テクノポップ御三家」と呼ばれた日本のポストパンク黎明期のアーティストの一角、P-MODELのフロントマンとして。
アルバム『KARATE HOUSE』で「偉大なる頭脳」(P-MODELのデビューアルバム『IN A MODEL ROOM』に収録されています)をカヴァーした、ピコピコなシンセとパンクの爆発的なエネルギーの交わるサウンドが魅力な日本のニューウェーブの雄、POLYSICSに多大なる影響を与えたアーティストの一人として。
映画がお好きな方なら、故今敏監督の作品『パプリカ』、『千年女優』、そしてTVアニメ作品『妄想代理人』の音楽を手がけたミュージシャンとして。
少し風変わりな楽器がお好きな方なら、東海楽器の名オリジナル・ギターTalboの使い手の一人、チューブラヘルツやグラヴィトンなどの奇妙な自作楽器の演奏者として。
SF小説がお好きな方なら、ジョージ・オーウェルやカート・ヴォネガットなどなどの作品の世界観を楽曲に取り込んでこられたスペーシーでサイエンス・フィクシャルな音楽を打ち鳴らす方として。
もしかしたら、有名軽音楽漫画およびアニメ、『けいおん!』の登場キャラクターとお名前が似ていて…なんて方もおられるかも知れません。
…挙げさせていただいたのは、幾つかの側面ですが、平沢さん自身をご存知なかった方も、とても長いキャリアで様々なアプローチをされてこられたので、何か引っかかる面もあるかも知れません。
長いキャリアの中で培われたキャラクターから、孤高の電子音楽の才能、(褒め言葉として)カルト的な人気を集める謎の鬼才、風変わりで奇妙なクリエイティヴィティの体現者…などなど色んなイメージを持たれているかと思います。平沢さんは、79年にP-MODELのフロントマンとしてデビューされてから、日本のポップ・ミュージックに様々な角度から衝撃を与え続けてきました。
P-MODELのデビュー・アルバム『IN A MODEL ROOM』は、アルバム全編から溢れるくらい跳ね回るピッコピコなシンセサイザーのテクノ感とパンクの混在するエネルギッシュなサウンドとそれにのった、経済成長期で人や物が過剰に生産されては使い捨てられる日本の大量消費社会を皮肉ったシニカルな歌詞で大きくポピュラリティを得ました。今、このレコメンドを書いていて改めて聴き返していても当時の雰囲気を思い出させる(と言っても、僕は79年だと生まれていないどころか、両親さえ出会っていませんが:笑)だけでなく、現代でもなお、大きな問題になっている過剰な浪費を促す洗練され過ぎた社会を指摘した革新的なアルバムだと思います。
P-MODELは、その後3rdアルバム『Potpourri』でテクノポップから離れてポストパンク寄りのサウンドになり、7枚のアルバムをリリースした後、88年に「凍結」として活動を休止。そこから平沢さんは、ソロのミュージシャンとしても活動を始められました。
少し余談になりますが、P-MODELはその後も何度か再結成して作品をリリースされています。
91年には「解凍」して、セルフ・タイトル『P-MODEL』と『big body』という、高度な科学技術と人間との交わり・統合をテーマにしたSFのような、でもこれまたどこかで現代を予言しているかのような(実際に後者は特にSF小説からインスパイアされた面が大きいようです)、2枚のアルバムをリリースしました。この「解凍P-MODEL」は、P-MODELの第二の黄金期とも言われていて、この時期にP-MODELに出会われた方も多いかも知れません(これまた残念ながら、僕自身は生まれたばかりなので当時は赤ちゃんでした…10年早く生まれていれば…!!:笑)。この時期はサイバー感全開で、デビューシングルをセルフオマージュした「NO ROOM」(この曲のタイトルは今でも平沢さんの公式サイトの名前になっています。是非オフィシャルサイトのリンクもチェックしてみて下さい!)という隠しトラックもあったりして、ファンを喜ばせてくれました。またこの時期には、「合成音声」を用いて(簡単に言えば、初音ミクなどで有名なVOCALOIDのように言葉を発する機械のソフト、音源をメロディにのせて楽器として使われていました。なお、VOCALOIDはソロの作品で平沢さん自身、初音ブームより以前から使われています)、それにコーラスに委ねたりもされています。
93年には「改訂」してメンバーを一新。決してテクノ「ポップ」には括り切れない、電子音楽でありながら荘厳なサウンドと平沢さんお得意の風刺が際立った歌詞が印象的なアルバムを3作リリースされました(この時期のアルバムでは個人的には『電子悲劇/〜ENOLA』がお薦めです!)。20世紀末の99年には、日本のアーティストとしては初めて、MP3で音楽配信を始めた後に「培養」期間となって活動休止。
残念ながら、活動再開の見込みがあまりないけれど、現在もP-MODELは「培養」中です。
が、04年に突如、平沢さんが一人で「核P-MODEL」と名乗られて、これもデビュー・アルバム『IN A MODEL ROOM』のような、イギリスの小説家のジョージ・オーウェルの小説『1984年』(村上春樹さんの近年の小説『1Q84』のベースでもあるSF小説で、今となっては古典的なディストピアSF小説ですが、ご興味のある方はこの小説も是非お薦めです!)のような、メディアや上流階級の人達に管理される現代社会の混沌とした世界観を重厚な電子音で彩ったアルバム、『ビストロン』をリリースするなど散発的に活動されました。
さて、閑話休題です。
それまではあくまで「テクノ」バンド、P-MODELのフロントマンとして活動していた平沢さんは、ソロになってからはテクノだけでなく、様々な音楽にアプローチしてこられました。
P-MODELでのテクノ感をベースにされつつも、プログレ(平沢さんはP-MODELを結成する直前まで、マンドレイクというプログレバンドをされていました)、エレクトロニカ、アンビエント、ワールドミュージック…ジャンルとしての名前を挙げ出せばもうキリがないのですが、電子音楽で様々なジャンルを取り入れながらも、打ち出される音は、まさに「平沢サウンド」としか言いようのないような、時に輪廻を思わせるまでに荘厳な、時に一人の部屋から窓を覗き見た時に差し込む光のように素朴な、時に郷愁を思わせるように切なく、時に深淵の闇を覗き見てしまったかのようにダークな、時に自分の中の理性では押さえ切れない情熱や無念の気持ちを思い起こされるような危なげなサウンドになっています。
また、そのサウンドにのる歌詞も、P-MODEL時代から続く現代人への皮肉な目線はもちろん、科学技術の発展と人間本来の感情に板挟みにされる「人」の感覚、ふと踏み外してしまえば闇に落ちてしまうかのようなギリギリのラインで生きていながらも溢れ出る情念、そしてそれでも明日へ繋いでいく生への祈りなどの重厚なテーマを、時に幻想的な言葉で、時に警告のような言葉で、時に現代的な言葉で紡がれた独自の世界観が印象的です。
そして、その独自の荘厳な世界観やサウンドに反して、その作品のほとんどがご自宅のスタジオや少人数体制のスタジオで作られ、ご自身のレーベルからリリースするというインディー的な自給自足な活動を長年続けられていることも驚きです。
そんな平沢さんは、09年に「
凝集する過去 還弦主義8760時間 」というイベントを展開されていて、8760時間=1年間で、ファンからリメイクしてほしい曲を募って、P-MODEL時代の曲と御自身のソロの曲をストリングス・アレンジをしながら、リメイクの過程を随時公式サイトやTwitterで公開するという奇抜なプロジェクトを行われていました(このイベントに際して始められたTwitterにて、このレコメンド文最初に書かせていただいた『けいおん!』と御自身の関係性を匂わせるようなツイートをなさって、爆発的にフォロワーとファンを増やされたことが話題となり、それで平沢さんに出会われた方もこれまた少なくないかも知れません。なお、Twitterは今でもなさっています)。
1年間を超過しつつも電子音楽と弦楽の融合した成果として、P-MODEL時代の収録曲をリメイクした『突弦変異』、ソロ時代の収録曲をリメイクした『変弦自在』という2枚のアルバムをリリースされました。
また少々前置きが長くなりました。
そんな還「弦」主義の御自身のキャリアをストリングス・リアレンジされて振り返られた後、初めてリリースされたオリジナル・アルバムが、今回レコメンドさせていただく『現象の花の秘密』です。
既にここまでお読み下さった方は、早速と言うのも少し変ですが、改めまして早速、タイトル・トラックの「現象の花の秘密」のMVをご覧下さいませ。
いかがでしょう。
レンガのような建物を背景に、亡霊のようにおもむろに現れる正装されたまま虫眼鏡をもった平沢さん。その虫眼鏡で、赤い花を見つめています。その後は何かを悟ったかのように、虫眼鏡だけ持って大空の下に佇む平沢さんの影。今までの平沢さんのMVとしてはシンプルなものに(それまでのMVは…もう平沢ワールド全開の奇天烈なものが多いです:笑)なっています。
サウンドも、まるで異国の炭坑夫が鉱山を打ち叩くように鳴らすリズムとそれにのった弦楽アレンジが印象的ではあれど、それまでの平沢さんの讃えていた荘厳なサウンドをコンパクトにして少ない楽器で最小限の音を最大に鳴らしているような(良い意味での)「インチキ感」があって大変いかがわしいのがツボです。
残念ながら、『現象の花の秘密』収録曲の中でMVがあるのはこの1曲だけなのですが、他の曲も、このタイトル・トラックと同程度かそれ以上の弦楽やシンセを使っているのに、そこかしこに漂う「インチキ感」が印象的です。
例えば2曲めの「幽霊船」などイントロだけで、良い意味での胡散臭さが満点ですし、3曲めの「華の影」も現実的な言葉がのっているにも関わらず、意図的に不自然にしているかのような面白みがあります。8曲めの「Amputee ガーベラ」、9曲めの「冠毛種子の大群」なんて、タイトルからして「何だこれ!?」とツッコミたくなるようなヘンテコな感じが満載なのに、サウンドがまた優しい管弦を聴かせてくれるようでいて、でもどこかでまた挑発的なところもあって、良い意味で聴いて困っちゃいます(笑)。
でもなぜか聴いている内に、そのインチキ感が心地良い、いや、このインチキ感がなくてはならない!なんて思えてしまう、奇妙な中毒性を持っていて、聴く耳を遠ざけるどころか、どんどん平沢さんの側に吸い寄せられるようなポップ・センスがあるのが、このアルバムの魅力の一つでしょう。
ところで、MVでの平沢さんが見つめているのが「現象の花」でしょうか?
と言うよりも、そもそも「現象の花」って一体なんなのでしょう?
少し、僕自身の考えを書かせてください。
昔、ドイツにカントという哲学者がいました。カントは「コペルニクス的展開」をしたすごい人です。
この時点で専門用語が出て来て難しいですね。僕は大学で哲学を学んでいるので、たまたま知っているのですが、僕自身、哲学を知らなかったら、いきなりこんなこと言われても、全く訳が分かりません(笑)。
日本の作家、本田透さんの書かれた哲学書『喪男の哲学史』をベースに参照させていただきつつ、見ていってみましょう。
カントは、「コペルニクス的展開」で、人間が認識できる世界の範囲を「現象の世界」と「精神の世界」と分けました。この「精神の世界」は空想や妄想や理想などのいわゆる二次元の世界と思っていただければ分かりやすいかと思います。
対して、「現象の世界」とは、僕たちが認識しているこの三次元の世界の一部です。でも三次元の世界を見てみて下されば分かるのですが、そこには人為的に人間が作った物が溢れています。例えば、僕は今このレコメンドをMacを使って書いていますが、このMacも僕たち人間が「こんな機械があれば良いな!」と思ってAppleが作ったものです。また、このレコメンドを書きながら、ちょくちょくお茶を飲んでいます。これは書き物をしている時の僕のこだわりなのですが、お茶をカップに入れてよく飲んでいます。このカップもまた、僕たち人間が「何かを飲む時にこんな飲みやすい入れ物があれば良いな!」と思って作り出したものです。この「〜があれば良いな!」と思って作り出す世界、そしてその世界を他の物事と区別する(「区別」も人間だけが行っている行為としています)言葉などもまた人間が作り出したもので、これらが「現象の世界」です。
三次元は「現象の世界」とイコールではないです。三次元には、物自体の世界と言うものもあって、そこには人の手が加えられてない生き物や神様がいるとカントは言いました。と言う事で、カントさんが言うところでは、現実の一部分は人間の「〜したい!」という思い(この「思い」自体が現実化していないと空想や理想=精神の世界のものです)が現れた結果としての、現実は「現象の世界」という一部を持つことになっているのです。
それで「現象の花の秘密」と言えば、ちょっと見えてきそうなものがあります。
「現象の花」は言葉としてちょっと変ですよね?「花」は基本的に人の手が加えられていなくても勝手に咲くものです。でも、「現象の花」はそうではない花です。「現象の花」は人間の「こんな花がみたい!」とか「こんな花があれば良いな!」という思いがあって人為的に咲きます。と言うことで、『現象の花の秘密』とは…これはあくまで僕の個人的な考えですが、そんな人間の想いや欲望によって生まれた自然なものに似た花(花や植物は本来自然のものですものね。この花は、何の「例え」でしょうか。それは是非聴いて見つけてみて下さい!)の秘密を暴く…
平沢さんが、このアルバムで表された「インチキ感」は、そんなスリリングな挑戦ではないかと思えてきます。「物自体の花」ではなくて、「現象の花」ですので、どこまで綺麗に自然に見せても、どこまで麗しく見える花も実は人間の作った不自然なインチキの花なのです。切ないですね。でも、どれもインチキだけれど、「現象の花」には、僕たちの想いや欲望が詰まっています。それは時に美しく、時に残酷に咲くでしょう。その秘密を暴き出すための作品がこの「インチキ感」満点のアルバム『現象の花の秘密』だと僕は思っています。
いかがでしょうか。あくまで僕個人の考えですが、平沢さんに興味のある方へ、良い導入になれば幸いでございます。
さて、平沢さんは、このアルバムを引っさげて、1月24〜26日にかけて、インタラクティヴ・ライヴ「ノモノスとイミューム」を行われます!これまた奇天烈なタイトルですね(褒め言葉です!)。
インタラクティヴ・ライヴとは、平沢さんが行われてきた、オーディエンスとの共闘とも言える形式のライヴで、通常のアーティストのように用意されたセットリストではなく、オーディエンスの選択次第で、ライヴのストーリーが決まるという平沢さん独自のライヴです。オーディエンスの歓声や言動によって、セットリストが変わり、続いて、設置されたストーリーが変わる設定がされていて、まさにインタラクティヴ(双方向)なライヴで、時にはハッピーエンドで終わるライヴあり、時にはバッドエンドで終わるライヴありとスリリングなものです。
そして、このライヴには、「在宅オーディエンス」として、ライヴ用に特設されるサイト上でライヴを鑑賞、干渉できるシステムになっています。つまり、PC越しにライヴを鑑賞し、その進行に干渉することもできるのです。
詳しくは、リンクのオフィシャルサイトにてご確認いただければ幸いです。現在、今回のインタラクティヴ・ライヴの「在宅オーディエンス」を「ドナー」と呼んで、「ドナー登録」を受け付けられています。
僕も一人のファンとして、実際に足を運ぶオーディエンスになるか、ここ京都から在宅オーディエンスで観るかは、決めかねておりますが、「干渉する」予定をしております。
この良い意味での、インチキ感に満ちつつも人の祈りや欲望が見え隠れするようなアルバム『現象の花の秘密』を引っさげて平沢さんがどんなライヴをみせてくれて、またこの後どんな作品を聴かせてくれるのか、益々期待は高まるばかりです。
1