青野圭祐─2012.2.17─
つい先日、スピッツのレコメンドを書かせていただきましたが、僕としては初めて連続で邦楽アーティストをレコメンドさせていただきたいです。
今回は、中村一義さん(以下、敬愛と尊敬の意を込めて、「中村くん」と呼ばせていただきます)の両A面シングル、「運命/ウソを暴け!」。
中村一義?はて…?と言うリスナーの方は、6人バンド、100s(ヒャクシキ)のフロントマンの彼です。
元々、中村くんは100sを組む以前は、日本でかなり早くに登場した宅録系ソロシンガーとして活躍していて、100sを組む前にシングル「犬と猫」でデヴューして以降、完全なソロ名義で3作、現在の100sをバックに従えて1作、アルバムをリリースしていました。以降は100sとして3枚のアルバムをリリース、昨年にソロ時代と100s時代のどちらもの音源を集めたベスト盤『最高宝』をリリースされています。
そんな中で、約10年振りに100sとは違い、再びソロワークに舞い戻った中村くん(100sが解散した訳ではありません)。その成果として、初めてお目見えするのが、この「運命/ウソを暴け!」です。
早速、このシングルのレコメンドをさせていただきたいのですが、その前に。
中村くんの清冽なデヴュー曲、「犬と猫」をどうぞ…!!
…と言いたいところなのですが、残念ながら、YouTubeに公式映像がアップされていないため、映像を交えて紹介することができません。
言葉だけで、どうにか感じ取っていただければ、とも思うのですが、この「犬と猫」、打ち込み主体の宅録感満々のサウンドに、ともすれば哲学的な域にすら達してしまいそうな歌詞で、音楽的にも歌詞的にも語り出すと、どうしても長々と評論ちっくになってしまいます。
ですので、この曲で彼が打ち出した一つの大きなテーゼだけ、お伝えできれば、と思います。
そのテーゼとは、“僕は行く”ということ。
この曲の歌詞は、突然、“どう?どう?” という問いかけから始まり、そのすぐに “町を背に僕は行く” と言い放っています。その後、“同情で群れ成して否で通す(ありゃマズいよなぁ) ” などと否定のルサンチマンに陥って固まってしまう人達を痛烈に批判しつつ、“僕として僕は行く” 、“のんびりと僕は行く” と再び言い放っています。
そう、この 「僕は行く」 という言葉。
この言葉を中村くんはソロ時代はもちろん、100s時代も決して手放しはしませんでした(それを証明するかのように、100sメンバーを携えて初めてリリースされたシングル「キャノンボール」のサビでも変わらずに “そこで愛がまつゆえに、「僕は行く」” (詞中の「」は青野によるもの)と歌いかけていました)。
同情の群れにも、揚げ足の取り合いにも、安全な場所にいながら無責任に放たれた嘲笑や侮蔑の渦にも、デカくなった自意識の他者排除にも、それら全てを背にして、それでも、「僕は行く」。この信念は中村くんの、いつ、どの作品においても貫かれていたと思います。
さて、かなり簡単にはなりましたが、中村くんの僕なりの彼のテーゼを紹介させていただいた上で、ようやく「運命/ウソを暴け!」についてのレコメンドです。
では聴いていただきましょう、「運命」!
冬の道を歌い歩く長髪になった中村くん、無邪気に遊ぶ子ども、度々映し出される謎の球体、そしてモノクロの世界を切り裂くような光のコラージュ。映像も秀逸ですが、何と言っても度肝をぬかされるのが、その鋭角に刻み込まれるリズムパターン、暗闇の世界を煌めく謎めいたシンセサイザーの音色、そして大胆にヴェートーヴェン「交奏曲第5番」(通称:「運命」)を大胆なまでに現代的にサンプリングしたような間奏。
サウンドだけ抜き取っても過剰なまでの情報量が、たった3.5分の1曲に積み込まれています。
一聴すると気を衒ったもののようにも感じるかも知れませんが、非常に多彩なバックグラウンドを持つ中村くん。過去にはEelsやOrange JuiceにThe Beach Boys…などなど語り出すとキリがないほど、膨大な数のアーティストからの影響を匂わせる楽曲を発表してきた彼なのですが、彼自身が、最も影響を受けたアーティストとしてThe Beatlesと並んで語っていたのがヴェートーヴェン。彼は実質上の育ての親である祖父さん(彼の育ちの背景は、『魂の本』という彼自身による本に特に詳しいので、興味がございましたら、是非、こちらも読んでみてください)に、ヴェートーヴェンの良さを懇切丁寧に教えてもらったらしいのですが、その影響を直球で鳴らしてると考えれば、不思議ではないのです。
また少し昔の話になりつつ少しつっこんだ話にもなりますが、彼は「状況が裂いた部屋」と彼自身が名付けた自室で録音された音源でソロデヴューを果たしたのですが、今回の音源は100スタ(100sのスタジオ)で録音されたものであるのです。100sとして初めてリリースされたアルバム『OZ』のラスト曲「ハルとフユ」で、仲間と出会えた喜びとともに、自分のホームグラウンドである<<状況が裂いた部屋にお別れ>>と歌っていました。と、言う事で、再びソロ音源として出しても「状況が裂いた部屋」に戻るのではなく、いつもはメンバーと共に入っているスタジオで一人、録音したのも、この大胆なサウンドの由来かも知れませんね。
さて歌詞ですが、これまた非常に情報量が多く深い世界が広がっています。社交辞令などもちろんなく(せっかくのレコメンドに社交辞令なんて!)全編を通して本当に素晴らしいので、この一節!と言うのを抜き出すのが逆にすごく難しいのですが、あえてサビの部分だけ抜き出してみましょう。
“思い出せ!出せ!作られていた過去を/思い出せ!惰性?消えぬ想いを” 。
彼の歌をお聴きになっていた方はご存知かと思いますが一見、何を歌っているかあやふやな歌い方に痛烈な想いをのせて歌っています。
作り出され、無意識の内に自分自身でも勝手に塗り替えてしまった過去、誰かの声に惑わされ汚されてしまった、「運命」をもって産まれたはずの「僕自身」を取り戻せ!!そして、「僕自身」のまま歩いていけ!!と全身全霊で歌っているように、あくまで僕個人の感想ではありますが、そう聴こえます。誰かの声でなく、「僕自身」の声を頼りに、塗り替えられた過去を、自分自身を、もう一度塗り替えてやれ!!と歌っているような。良い意味で先に紹介した「犬と猫」と言っていることの大本は変わっていないと思います。
続いて両A面シングル「ウソを暴け!」(こちらはトレーラー映像なのでサビしかお聴きできませんが…)をどうぞ。
少しだけ評論ちっくになって申し訳ないのですが、「運命」がソロ時代の後年の『ERA』を思わせる曲調であるなら、こちらは一人の青年としての中村くんのメロディセンスを活かした素朴で秀逸なポップソングになっていると思います。
この映像からはサビのみ聴くことができるので、それを見てみましょう。
“今日の、今日のウソを暴け!もし、君がちょっとくらい嫌われても/君の、君のウソを暴け!そしたらさ、必ず僕はそこにいるよ”
たったこれだけの歌詞で中村くんの本物への切実な希求と懐の深さを感じ取っていただけるかと思います。「本当のこと」を隠す、いわゆる「都合の良い暗黙の了解のようなもの」など全てぶち壊していけ!!と言い放っているようです。もちろん、「本当のこと」を口にしてしまうと、誰もがちょっぴり嫌われ疎まれてしまうでしょう。それでも彼は言います。「ウソを暴け!」。そういう意味で彼は厳しいことを歌っているかも知れません。でも彼は、その先に僕が待っているよ、と歌ってくれています。だからこそ、痛みを抱えてでも、“君のウソを暴け!” と。
結局、この両A面シングル2曲も、最終的には「僕は行く」の方向に向かっているように思います。
そしてもし、有り難いことに、このレコメンドからご興味を持たれて、お聴きいただいた、あたなはどうでしょう。
行きますか?ウソを暴きますか?
さあ、あなたは、“どう?どう?”
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