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震える牙、震える水
長谷川健一

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後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)─2010.12. 1─

京都出身のシンガーソングライター、長谷川健一の3枚目の作品にあたるこのアルバム。

ゆっくりと歩み出すように刻まれるアコスティックギターのミュートされたストローク、そこに雲間からこぼれる光の粒のようなピアノと、世間のソレとはハズしたステップで踊り出すようなドラムスが加わる。そんな30秒のイントロの後に溢れ出す長谷川健一の第一声。それだけでもう、このアルバムを買って良かったなと思った。直感した。鮮やかに、何らかの感情によって景色が塗り替えられる瞬間だった。

ここには当たり前に丸裸の、だからこその温かさも冷たさも、希望も絶望も、祈りも、願いも、喜びも悲しみも、繋がりも、隔たりも、全てを抱えた歌がある。聴いていると、切なくなったり、愛おしくなったりする。音がそこに在ったように、今、僕もここにいて、そして消えて行くのだということを思う。生きているという事実を、もう一度捕まえて、抱きしめ直したいような気分になる。

「夜明け前」※ライブ映像


「震える牙、震える水」※ライブ映像



現在のポップミュージックのおおよその歌たちは、限りなく正四面体に近い箱の中に、コンプ(簡単に言うと、音量の凹凸をなくす機械)とオートチューン(音程を修正するソフト)によって閉じ込められてしまっている。それは平均律とBPMから成る檻。商品を大量生産する工場の中で角という角をとられて、個性のない歌声に加工されて出荷されているかのようでもある。それは強迫観念にも近い潔癖さで、聴いていてしんどくなってしまう。

だから、僕はこのアルバムを聴くと、とても落ちつく。
耳に届く歌声と演奏が、人間のそれだと感じられるからだ。血が通った音楽というのは、こういうものを指すのだと僕は思う。

長谷川さんの歌声や歌詞はもちろん、バックの演奏が本当に素晴らしい。これだけでも、この作品を一聴する価値がある。こういう真っ当な作品が、もっと広く、多くのひとに届いて欲しいと願う。そして、この作品に続くように、血流や体温を閉じ込めるかのような録音の、そんな歌がメインストリームになって欲しいと思う。これは祈りに近い。それが本来の音楽の有り様だから。

最近はずっと、このアルバムばかり聴いています。

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  • 後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)(2010.12. 1)