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Give Up (10th Anniversary Edition)
The Postal Service

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青野圭祐─2013.6. 7─


一昨年、期せずして、米国シアトルからのアーティストをThe PosiesSeaponyと続けてレコメンドさせていただいておりました。そのシアトル・アーティスト連続レコメンドの最後には、グランジの波が去った後、素晴らしいインディー・ロックの生産地にもなったシアトル(近郊)出身の2大インディー・ロックバンドの一つ、Death Cab For Cutieのアルバムについてレコメンドさせていただいたのですが、そのDeath Cabの周辺で、とてもとても大きな動きがありました。と言っても、Death Cabが新しいアルバムをリリースした、などではありません。

Death Cabのフロントマン、Ben Gibbardとエレクトロニカ・アーティストでDntel名義で活動しているJimmy Tamborelloによるユニット、The Postal Serviceがおよそ10年の年月を経て活動を再開したのです!

Postal Serviceは、今年の1月に(それまでほとんど音沙汰がなくなっていたにも関わらず)突然の活動再開を発表したばかりでなく、米国の大型フェスへの出演と米国を中心としたツアーに出ることを発表して、2003年に唯一リリースしていたオリジナル・アルバム『Give Up』の10周年記念盤もリリースしました。

(Ben由来の極上の)インディー・ロック×(DntelことJimmyの)エレクトロニカ=インディトロニカの金字塔的な作品、『Give Up』。今回は、この『Give Up』の10周年記念盤をレコメンドさせていただきたいと思います。

後に書かせていただきますが、今まで未発表だった新曲やB面曲などもバッチリ網羅したデラックス・エディションのアルバムとなっています。


シアトルには、往時はNirvanaやSoundgarden、Mudhoneyなどといった多数のグランジ・アーティストを輩出し、グランジの波が去った後もThe ShinsやWolf Parade、Beach HouseにCSS、Lowなどインディー・ロックを中心に素晴らしいアーティストの作品をリリースしているSUB POPという名門のインディー・レーベルがあるのですが、『Give Up』もそのSUB POPからリリースされました。

グランジが一世を風靡していた頃のSUB POPは、Nirvanaの1stアルバム『Bleach』がセールス的に最も成功していたのですが、この『Give Up』は、その『Bleach』に続く快挙を成し遂げたアルバムなのです。

それもそのはず。このアルバムはとても素敵なインディトロニカで…と書き出してしまうよりも、MVをご覧になっていただけると、すぐにその魅力が伝わるかと思います!それでは『Give Up』のアルバムの幕開けを飾る1曲目であり2ndシングル、「The District Sleeps Alone Tonight」のMVをどうぞ!



ミニマルでセンシティブなエレクトロニックのビートとBenの美声が重なり、サビが終わると同時に電子のビートはミニマルなままどんどん跳ね回り、最後は優しい美メロとエレクトロニックなギミックが一気に混ざっていく構成、一貫して派手すぎず、抑えた曲調と可愛らしい音の数々。思わずキュンとしてしまいます。

MVの始めのあたりで「The Postal Service」と書かれたカセットテープが映し出されていますが、ここはポイントかも知れません。実はこのPostal Serviceというユニット、遠距離ユニットでもあったのです。Benは冒頭に書かせていただいた通りシアトル在住、対してJimmyはロサンゼルス在住でした。シアトルとロサンゼルスは同じ米国の西海岸の都市ではあれど、その距離は、とてもではないですが気軽に行ったり来たりできる距離ではありません。

そこでJimmyが作った音の断片をBenに送り、それにBenがメロディを乗せてJimmyに送り返し…というデモテープのやり取りが郵送(United States Postal Service)を通して曲を制作していったのです。この「郵送」がユニット名の由来でもあります。何だか微笑ましくなるエピソードですよね。

さて、この「The District Sleeps Alone Tonight」はBenが、当時のガールフレンドがワシントンD.C.に越してしまった時に送った曲でもあるのです。ですので、District=ワシントンD.C.。シアトルとワシントンD.C.は、ロサンゼルスよりも遠い距離です。

無邪気に跳ね回るエレクトロニックなサウンドの裏で、センチメンタルな想いが歌われています。


続けて、『Give Up』の2曲目であり1stシングル、「Such Great Heights」のMVをどうぞ。



こちらは何やら半導体のような精密機器を扱っている工場で撮られたMVですが、先の「The District〜」よりも明るくポップな曲調がいたずらにメカニックな感じもあって、意外と曲にマッチしていますよね。また、曲調も「The District〜」よりも一貫してアップテンポ(と言っても無邪気でミニマルな感じは良い意味で変わらないところが素敵です!)です。Owl Cityなどがお好きな方は、より馴染みやすいのではないかと思われます。


続けて『Give Up』の7曲目、3rd(数え方によっては4thにもなっていますが…)シングルの「We Will Become Silhouettes」のMVをご覧下さいませ。



こちらのMVは前の2曲と雰囲気が大きく異なり、なぜか「いつの時代のサラリーマンだよ!」とツッコミたくなる7:3分け(??)のお父さんに扮したBenとハードウェアのシンセを軽快にいじるJimmy、そしてそれを取り巻く奥さん役の美人さんと娘さん役の少女とが家族で団欒しながら歌ったりピクニックに出かけて夕陽を眺めたりするというお茶目なものです。

曲の方は"そして僕達はみんな最後にはシルエットになるんだ…"(訳は青野の意訳であることをご容赦ください。以下の訳も同様でお願い致します)なんていう刹那的な思いを、デュエットと小気味良いシンセが包み込む優しく、でも裏に陰りも見え隠れするといったものです。


MVが公開されているのは、以上のシングルにもなった3曲ですが、このシングルのジャケットはそれぞれとてもキュートなので、興味を持っていただけた方は是非、リンクの彼らのオフィシャルサイトの「DISCOGRAPHY」の項からチェックしてみて下さい!


「The District Sleeps Alone Tonight」でも実体験からインスパイア歌詞を書かれているように、BenはPostal Serviceの歌詞はDeath Cabのそれより、より自分のプライベートで影響を受けたことを言葉にしていると語っていました。そのためか「This Place Is A Prison」という曲では"Cascades"(カスケード山脈)や"Puget Sound"(ピュージェット湾)と言ったようなシアトルに実在する地名が登場したり、アルバムのラストを飾るミニマルに壮大な、タイトル通りのアンセム、「Natural Anthem」ではサイバーなセッションのようなイントロの後に"君のために曲を書いて、多分それは歌うのは難しくないと思う。それは自然なアンセムになる、きっと…そう思っているんだ"なんて本音を吐露したようなフレーズが出てきたりします。

Benの心情に近い歌詞がイノセントでセンチメンタルなエレクトロニックなサウンドに乗って耳に飛び込んでくるのが染みこんでくるようです。

今回の10周年記念盤はオリジナルのアルバムに加えて、

・新曲2曲(BenがDeath Cabで『Codes&Keys』を制作した後の感覚が匂われるより深い曲たちです)
・シングルのB面曲(The Flaming Lips「Suddenly Everything Has Changed」のカヴァーもあります!)
・Styrofoamなどのアーティストによるリミックス
・Benの弾き語りによる、収録曲の一つ「Recycled Air」のライブ音源(このライブ音源は、Posiesのレコメンドでも紹介させていただいたシアトルのローカルラジオ局、KEXPでのもののようです!)
・The ShinsやIron & Wineと言った盟友たちが彼らの曲をカヴァーしたトラック

などなどが収録されたCDが本編と別にパッケージされているデラックス・エディションです!

ですので、これからPostal Serviceを聴き始める方も、彼らが今まで残してきた曲をほぼ全て網羅した状態で聴き始めることができます!


Postal Serviceはそのあどけない電子音とBenの美声から、落ち着いたり、安らかに眠ったりすることにも優れているように思います。全編を通して、落ち着いた美メロと無垢でエレクトロニックなサウンドが交差して、聴いていると、優しく琴線をなぞられるような感覚を覚えることもできるかと思います。特に、タイトル通り"起こさないでね、僕は寝ようと考えてるんだ"なんて言葉を囁くように繰り返す「Sleeping In」などは(安直ではありますが:苦笑)安眠にもピッタリだと思います。

さて、こんな素敵な10周年記念盤をリリースして、ツアーにもフェスにも出演している彼ら。やはり気になるのは来日しないのかな、と言う事ですが、残念ながら現時点では、その報は入って来ておりません…。しかし、Death Cabも『Codes&Keys』を一昨年にリリースして、来日されたのは昨年だったので、これからも期待していたいところです。


それらを踏まえて最後に、極めて個人的な余談をさせていただくことをご容赦ください。

僕は2010年に留学して半年ほどシアトルでの生活を味わう機会に恵まれたのですが、その際に、シアトルの名門のヴェニュー(日本でいうところのライブハウス・バーのようなもの)のクロコダイル・カフェというところでBenがソロで弾き語りライブを敢行されました。そこで演奏されたのは、やはりほとんどがDeath Cabの曲だったのですが(ちなみにTeenage Fanclubのカヴァーもプレイされていました!)、合間合間に数曲、Postal Serviceの曲も演奏されていたのです。

2010年ではPostal Serviceは全く再結成の素振りもなかったのですが、それでもPostal Serviceの曲が演奏されると「自分の本バンドの曲と一緒にPostal Serviceの曲もプレイするなんて、やっぱりBenもPostal Serviceの頃の思い出を今でもとても大切に思っているんだなぁ」なんて感じていました。ライブが終わった後は、彼の地元のローカルなヴェニューだったので、ファンも彼と話す機会がありました。僕はその時、Death CabではなくPostal ServiceのTシャツを着ていたのですが、Benはそれを指差して「Postal Serviceのことを考えていてくれてたんだね、ありがとう。今日も(Postal Serviceの曲を)プレイできて良かったよ」と笑顔を見せてくれました。その時に「Postal Serviceは今でも彼の中で確実に生き続けているんだ」などと感じることができました。

そんな後に、このように実際にPostal Serviceが活動を再開して、本当に嬉しかったです。そして、この10周年記念盤をきっかけにして、Jimmyの打ち出すイノセントでセンチメンタルなエレクトロニックなサウンド、そしてBenが優しくギターをつま弾きながら、本音を吐露するかのように、時に胸の奥に染み込んで、時に胸を刺すような彼らの曲が、より多くの方に届くように願ってやみません。

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