INTERVIEW
2011年1月から新たな企画として、後藤正文が同世代のゲストを招いて話をしていく同世代対談「TALKING ABOUT THE X」をスタート。2回目となる今回は、3月11日に『飢餓浄土』を発表したノンフィクション作家の石井光太さんをゲストに迎えました。奇しくも『飢餓浄土』の発売日だった3月11日は、東北地方太平洋沖地震が発生、石井さんは、すぐさま被災地に駆けつけ取材を敢行されたそうで、この日は一日だけ東京に戻られて、私たちの知らない被災地の声を語っていただくことができました。石井さんの著書『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』を読んで、感銘を受けたという後藤自らがTwitterを通して実現した今回の対談。今考えなくてはいけない現実を、互いの言葉で発信していただきました。(文・構成/only in deams編集部)
石井光太「新刊『飢餓浄土』では、後藤さんから力強い推薦コメントいただきまして、ありがとうございました。僕は、1977年生まれなんですが、後藤さんは、何月生まれなんですか?」
後藤正文「12月です」
石井「となると、僕は2月生まれなので、学年は一緒ですね」
後藤「同世代っていうことも、本を読ませていただいて興味が沸いたところなんです。自分と同じ年代の人が世界を飛び回っていて、僕らが普通に暮らしていたらおおよそ知ることができない貧困や宗教の問題に触れていて。普通の人が普通に持っている、世の中に転がっている情報では更新できないようなパースペクティブというか。そういうことを書き記されているので、僕は詞を書く上でかなり影響を受けているんですよ」
石井「ありがとうございます!」
後藤「僕は、最近アジアが気になっていて、光太さんはアジアの国々に何回も行かれていて、そこから見える日本とか、今の社会のありようとか。僕らは、ロストジェネレーションと呼ばれる世代で、本当に社会に出るときも仕事もなかったし、そして30代になって働き盛りと言われる今、社会がひっくり返るような地震が起きて。その間、経済成長があったからかもしれないですけど、誰もタッチしないできたから社会はどんどん歪んできて。そろそろ誰かがやってくれるんじゃないかと思っていたら、いつのまにか自分も30代を越えて。僕はミュージシャンですけど、ミュージシャンはミュージシャンなりに、何か社会的な視点を持って活動をしていかなくてはいけないと思うし。それは、ミュージシャンではなくても、ひとりの国民として。けど、周りを見渡したらそういう意識が高いかって言ったらそうでもなくて。欧米だったら、僕らみたいなロック・ミュージシャンって、とことん社会にコミットしているけど、日本人はそういうことがあまり良しとされていないところもあると思うし。そういう社会で、光太さんはどんなことを考えていらっしゃるのか? 日本とは全く違う、想像もつかない世界のさまざまな場所、僕も本でしか知らない世界の状況を光太さんの口から聞けたらなと思いました」
石井「今、後藤さんがおっしゃったこともそうですし、僕がとても不思議に感じているのは、まともなことをまともに言えない社会が存在していることです。人間って両面性を持っているのが当たり前です。例えば、美味いものを食いたいっていう気持ちと募金をしたいっていう気持ちを両方持っているのは当然です。だけど、世の中の風潮はそうではない。どっちかひとつしか持ってはいけない、両面性があってはいけないというのが前提になっているじゃないですか。でも、人間は常に変わる生き物です。現時点での考え方と、1時間後、翌日、翌々日の考え方は全く違ってくる。それなのに、人間は基本的に変わらないという妙な神話が流れている。後藤さんが10年前に仲良かった人と今会ったとして、『いやぁ、後藤、変わったねー』って言われたら、嫌な気分になりません?」
後藤「確かにそうですね」
石井「変わってはいけないという定義が常に流れているのはおかしいんです。ではなぜそういった定義がまかり通っているのかというと、はっきり言ってしまえば分かりやすいから、それだけです。テレビ、本、雑誌、何でもそうですけど、一面性だけを捉えて、これが人間だ物語だ世界だって決め付けるとその情報は分かりやすく伝えられます。受け取る側も手に取りやすいし、読みやすい。売れるかどうかは分からないですが、少なくとも売りやすいっていう共同原則が成り立っている。ひとつの物事の中には、無限に多面性があります。光を当てる角度によって全く違う見え方をする。にもかかわらず、その多面性を発信しようとする人は殆どいない。だから、世界が窮屈になってしまう。僕は、テレビや新聞で報じられる世界の物事や出来事が全て「そうじゃないんだよ」ってところからスタートさせたいんです。例えば、餓死する人間がいます、栄養失調でお腹が膨らんだ人間がいます。栄養失調の人間は世界に10億人くらいいる。だけど、その10億人が全て死ぬわけじゃない。そんなことが繰り返されたら人類は滅んでしまう。つまり、栄養失調の人間も生きている。腹を膨らませたままサッカーしています。セックスしています。排泄しています。それが現実なんですよ。だけど、それを認めない。僕は、そこに違和感がある。世界の飢餓・貧困という問題だけではなく、今回の東北大震災もそうです。みんな、復興は素晴らしいって言うけど、復興に対して抗う人もいるんです。被災地で取材をしてきましたが、今回の被災地になった場所には、入り江があって漁村があってその中で暮らしてきた文化や伝統がありました。それが、一瞬にして波にさらわれてなくなってしまったわけです。そこには、瓦礫の山しか残らない。その瓦礫の前で、ある老人に会いました。老人は自分が生きてきた証拠、自らのアイデンティティを見つけ出すかのように、瓦礫の山の中を探すわけです。でもそこにたちまちブルドーザーがやって来て、「復興」の名の下に全部を片付けてしまうわけです。そのとき老人は、『何か少しでも見つけたいからやめてくれ!』って叫ぶわけです。だけど、僕達の世界の中では、復興=素晴らしいってことになっている。老人達が持っている当たり前であるはずの心情は、踏み潰されてしまう。人間として生きる上で最も大切なのは、その老人が抱いている、社会が想像しないようなその心情を尊重し守ることなのではないか、僕は常にそう考えてきました。僕が今回の新刊『飢餓浄土』で書いたのは、その多面性です。戦争であっても貧困であっても性の世界であっても、やっぱり僕たちが普段見ている文脈とは違った多面性がある。たとえあやふやな噂や幻であっても、個人個人がすがるように自分の心のうちに「小さな神様」を必ず持っている。僕達が見ようとしない、あるいは社会が遮断してきた、"人間とは何ぞや"という問いを見つめて書いてみたんです。
何故そう思ったのかと言うと、いろんな理由があります。後藤さんも僕もバブルの全盛期のころに小学生でしたよね。小学校の終わりか中学生になったくらいのときに、バブルが崩壊しました。当時、自分の住む家の周りに住んでいるのは、バブル全盛の社長さんばかりでした。僕は、本当にそれが嫌で、胡散臭いとしか思ってなかった。だけど、当時は実際にお金を持っていたし、成り上がっていた。バブルが弾けたその人達は、一番打撃を被って一瞬にして消えていきました。それを見たときに、一方だけの社会的な観念・見方っていうのが自分の中で音を立てて崩れたんです。その時、社会的文脈を完全に取り払った、人間一個人の中から考え、書いていく必要性を感じたんです。」
後藤「なるほど。それは、光太さんの著書の中から感じ取れますね。僕らが考えているイスラームとは、全然違った世界が夜にあったり。例えば、日本人がアジアに旅行に行って物乞いに会ったら、かわいそうって思うかもしれないけど、その後ろにはいろいろなドラマがあって。まさか物乞いをしている人達の中にもマフィアみたいな組織があって、ある種商売、産業化しているなんて、僕には想像がつかないですから。今、光太さんがおっしゃったように世の中が記号化しているんですよね。なるべくそうしないようにとは、何かを書いたり作っている側は思っているんですけど。それがわかりやすいからっていうのもあるし、楽だからっていうのもあるんでしょうけど。そういうことの極みが、思考のデジタル化っていうか、1か0か、白か黒、敵か見方かを決めたがるっていうか。みんなが一神教みたいな考え方になっている。それは、すごい怖いなと思っていて。それが、本当にいろんなところにヒステリックに現れている。僕は大相撲が大好きなんですけど、そういうところにも出てきている。そういうところに、違和感がありますね。ミュージシャンの活動にも少しずつそういうところがあって。例えば、録音の仕方だったり、音の成り立ちですね。みんな、鍵盤にぴったり音を合わせることを望んでいたり、コンピューターのリズムに揃えたり」
石井「そうなんですか?」
石井光太 -PROFILE-
1977年、東京都出身。日本大学芸術学部文藝学科卒業。海外の生活や文化に関する作品を発表する他、ドキュメンタリ番組の制作、絵本や漫画原作、写真、ラジオなど幅広く活躍。 ■主な作品 |
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