INTERVIEW
海上「最近読んだ『倍音 音・ことば・身体の文化誌』という本があって。中村明一さんという虚無僧尺八音楽の演奏家が書かれているんです。尺八って西洋音楽的に言えば、拍がないし、音程だって在ってないようなもの、ほぼホワイトノイズみたいなものでしょう。それなのに、すごい演奏を聞けば、日本人なら誰もが"う~ん"って唸りたくなるほどすごいじゃないですか。それは日本人の聴覚のアドバンテージらしいですよ」
倍音 音・ことば・身体の文化誌
中村 明一
後藤「その本面白そうですね。ノイズの魅力ってわかりますよ。自分で音を出している時、何かをキッチリ弾くよりも、弦を擦って、訳の分からないノイズとかを増幅させている時が一番楽しい、最近。不思議なんですよ。メロディのカタルシス、その圧倒的なものは西洋のクラシック音楽にたくさんあるだろうけど、そうではないところでカタルシスがある。音楽の不思議な力、説明のつかないところがありますよね」
海上「そうですね。今回エジプトで見逃した音楽に『ザール』というのがあって。イスラーム教とそれ以前の民間信仰との境界にある儀式なんです。イスラーム教の強い社会では、女性と子供は守るべきものとして、あまり外に出さない所もあります。そんな所では女性がどうしても精神的なストレスを持ってしまうんです。すると精霊が憑いたと言われる。そういう時にザールという音楽を用いた儀式が行われる。太鼓の単調なリズムと聖人や神様の名前を繰り返し唱えるだけなんですが、それを聞きながら、女性達が唸り声をあげて、踊り、トランス状態に至って、精霊を祓って、精神的ストレスから開放される。『ザール』はエチオピアが起源で中東から北アフリカに広まっています。その儀式を観に行こうと、現地の友人が誘ってくれたのですが、それも革命でおジャンになってしまいました。そういう音楽も全くメロディ云々でない所で存在している。日本にも似た音楽がありますよ、神楽や神歌が。譜面に書けない音楽、ギターのノイズ、そして地霊を呼び出すような音楽。そうした音楽業界やJポップが完全に捨ててきたものほど僕には引っかかるんですよ」
後藤「それをきちんと説明するには難しいですよね。理屈じゃ言えない所にある感じ。肉体的な部分、メンタル的な部分の真ん中によくわからないものがある。そこをある人は宇宙と言うだろうし」
海上「ロックでも今シューゲイザーがブームですよね」
後藤「あれは半分くらいファッションじゃないですかね(笑)。理屈で組み立てちゃってる部分はあると思うし。もっとワケのわかんない所に行かないと、そういうスポットには辿りつけない。難しいですよ。それが果たしてポピュラー音楽になるかどうか」
海上「確かに『ザール』はCDになってませんから」
後藤「即興性の高い部分で出来上がっているだろうし、そういうのをポップ音楽に組み込める人というのは何かと交信しているんでしょう。それはとてつもない事だと思います」
海上「ロックの世界でそういう所に行った人はみんな早死してますよね。ジム・モリソン、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズ。本来はシャーマンや司祭がやるべき事ですから」
後藤「最後にもう1枚、おすすめの作品を教えて下さい」
海上「じゃあ、インドの映画音楽から『スラムドッグ$ミリオネア』のサントラ盤。これは本当に良く出来たポップ音楽作品です。現在、ポップ音楽と音楽業界の最良の部分はインドに集中していると思います。アメリカでさえもはや制作にふんだんにはお金をかけられない。インドは完全な右上がり経済成長で、売れれば数千万枚行くし、人件費も安い。そのおかげで50~60年代のアメリカの音楽業界の良いところ、ハル・デヴィッドやバート・バカラックが作詞作曲して、チャーミングな才能ある歌手を発掘して、スタジオでフルオーケストラを使って録音するみたいな、そんなシステムとそこまでの人材が育っている。中でも一番の作曲家が『スラムドッグ$ミリオネア』でアカデミー賞を受賞したARラフマーンです。質の高い、それでいてポップなメロディを作れる作曲家も今のインドに敵う国はないと思います。ラフマーンはヌスラット・ファテ・アリ・ハーンからマイケル・ジャクソンまで消化しています。ボン・ジョヴィまで消化しているけど、そこまではヤメとけ!と思うんですけどね(笑)」
後藤「『スラムドッグ$ミリオネア』のサントラなら、ワールドミュージックに馴染みのない人でも入り口として手にしやすそうですね。今日は長い時間ありがとうございました」
海上「こちらこそ、是非また機会がありましたら」
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サラーム海上 -PROFILE-
東南アジア、インド、中東、北アフリカ、ヨーロッパ他、世界の音楽に精通した、よろずエキゾ風物ライターとして雑誌、ラジオ、TVで活躍。また、DJとしても活動。和光大学オープンカレッジぱいでいあの講師も務める。 <著書> |
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