INTERVIEW
海上「女性の間でベリーダンスのブームが10年くらい続いているから、アラブ~中東の音楽は日本でも注目されています。それにアラブのポップは日本の演歌とどこか通じているように聴こえる。コブシも使うし、ウードという弦楽器は日本の琵琶の原型と言われているし。僕は和光大学のオープンカレッジでワールドミュージックの通年講座を教えているんです。その受講生の中にクラシックのピアノをずっと学んでいた女性がいたのですが、彼女が1年の講座の最後に言ったんです。"自分はピアノをやっていたので、これまでアラブの音楽が一番遠い所にあると思っていた。西洋の音階とは違う音階を使っているから。でも、一番遠かったのは日本の伝統音楽です。都々逸や小唄や義太夫、尺八の音楽など、日本の伝統音楽が一番遠い"と。拍が決まっていないから、リズムが取れないから」
後藤「なるほど、それは面白いですね。アラブでは国によってものすごく社会構造が違うと聞きます。ポピュラー音楽が認められていない国もあるんでしょう?」
海上「そうですね。僕が取材に行った中ではイエメン。海外でCDを出し、公演を行っているような伝統音楽家も、地元に戻ると音楽家であることを隠しているんです。それで音楽が継がれる事もなくなってしまう。アラブ諸国ではないけど、パキスタンも場所によっては音楽を表立って演奏出来ないと聞きます。イスラーム教諸国はそういう部分をなんとかして欲しいです。どんな時代や場所でも音楽は求めているのに」
後藤「その通りです」
海上「ただ、エジプトの革命ソング『Sout El Horeya 自由の声』は聴いてわかるとおり、エジプト伝統音楽の要素が一つもない、本当に普通のフォークロックなんです。それがトルコやギリシャに行くと、ポップでもロックにおいても伝統音楽の要素がすごく強くなる。トルコはロックバンドにも民謡のメロディや民族音楽が入っています。それには面白い理由があるんです。トルコは1923年の建国以降、社会はヨーロッパの方向を向いていて、第二次大戦の後には欧米からの英語、フランス語、イタリア語などのポップが大量に入ってきて、そのトルコ語カヴァーばかりが流行ったんです。それを憂いた大手の新聞社が1965年から1968年にかけて『黄金のマイクロフォンコンテスト』という新人発掘の音楽コンテストを毎月開催したんです。ちょうどロック・バンドの時代です。日本ならグループサウンズですね。その参加条件は、若者の音楽であること、歌詞はトルコ語でないとダメ、トルコ民謡のロック的なアレンジも歓迎、だったんです。そしたら、日本の三味線にあたる民族楽器サズを使って民謡をロック風にアレンジしたミュージシャンが次々に現れて、毎月デビューした。その後のトルコの音楽シーンの中心となる人が出てきたんです。だから、民謡の音楽性が残ったままのロックが最初に生まれたんです」
後藤「そっちのほうが面白そうですね。日本は近代化の段階で音楽まで完全に西洋化されてしまったから。僕らは邦楽を本当に知らないんだなと思いますし。近所の神社でお爺ちゃんが尺八の練習をしてるけど、聴いていても馴染みを感じないし、拍が取れない。一回三線を習った事があるんですけど、譜面をどう読んで良いかわからない。小節という概念がなくて、ずっと連続しているだけだし。どこで休んで良いかも全くわからない。面白いですね」
海上「僕達はそこまで伝統を捨ててはいても、いざ一本締めをすると"よ~""パン"って誰でも"パン"を合わせられる。西洋人はこれが出来ないらしいですよ。"何拍目で叩くんだ?"と言うらしいです」
後藤「え~? そうなんですか。コンサートをやっていても、Jポップのリスナーが音楽を聴いた時の動きってやはり特殊なんです。ステップを踏まないし、ビートを表拍で取って、バックビートは感じてない。盆踊り的ですよね。でもお隣の国、韓国でコンサートをやると、そういう動きをする人は誰もいないんです。みんなバックビート。近しい国のはずなのに。それが不思議だし、リズム一つとっても違う。リズムって面白いですよね。日本人はシャッフルの演奏が苦手ですもんね。裏拍が何%ずれるとかが出来ない。だからバンドの中でもそれをイメージ出来るか、出来ないかという話が出てくる」
Now Again
セウ・ジョルジ
――さて、ワールド音楽の初心者におすすめの作品をいくつか選んでいただけますか
海上「新しいものがいいですよね。最近はワールド音楽のオルタナティブ・ロック化、逆に言えば、欧米以外の国のオルタナティブ・ロックが面白い。まずはブラジルのセウ・ジョルジ。映画『シティ・オブ・ゴッド』などにも出ている、黒人のハンサムな俳優兼歌手なんです。彼が新しく組んだALMAZというバンドの作品。マイケル・ジャクソン、ロイ・エアーズ、クラフトワークなんかのカヴァー集なんですけど、すごくローファイでオルタナティブな音で、一瞬聞くとブラジルの音楽に聴こえないんですけど」
後藤「聴いてみましょう」
海上「世界中、みんな自由な世界に生きていると思っているけど、みんなZARAやH&Mを着せられて、みんなスタバのコーヒーを飲まされて、みんなiphoneを使っている。自由なつもりだけど、その先にはグローバル企業が支配するバビロンがあるのかもしれない。全世界がそういう方向に向かっている時代だと思います。ただ、共通言語を使い始めた良い面もある。音楽ではこうしてロックという共通言語が今になって世界中からもう一度立ち上ってきている感じがするんです。しかもローファイで、オルタナな最新の音で。それでも、やっぱりブラジル音楽になっているじゃないですか」
後藤「確かに。ポルトガル語で歌っているせいもあるでしょうけど」
トランスコンチネンタル・ハッスル
ゴーゴル・ボルデロ
海上「もう一つはウクライナ出身のジプシーの血を引くユージン・ヒュッツという人が中心となってニューヨークで結成されたジプシーパンクバンド、ゴーゴル・ボルデロ。サマソニやフジロックにも出演していて、ユージンをあのマドンナがえらくお気に入りで、彼女の映画『ワンダーラスト』に主役として抜擢しています。音はジプシー・パンクで、プロデュースはロックの導師リック・ルービンです」
後藤「リック・ルービンがプロデュースしちゃうと、もはやワールド音楽ではないですね」
海上「フジロックやサマソニではほぼパンク扱いでしたから。ロックという共通言語が通じるおかげで、日本の若いパンクスまで彼らの音楽を聴き始めたのも良い面です。一方で音楽がどんどん均質化してしまう危険性もありますが」
サラーム海上 -PROFILE-
東南アジア、インド、中東、北アフリカ、ヨーロッパ他、世界の音楽に精通した、よろずエキゾ風物ライターとして雑誌、ラジオ、TVで活躍。また、DJとしても活動。和光大学オープンカレッジぱいでいあの講師も務める。 <著書> |
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