INTERVIEW
ここ数年で音楽の歴史に興味を持つようになったという後藤。音楽の歴史に関する書籍を読んだり、様々な国の音楽を聴いているうちにアラブの音楽について興味を深めた後藤のTwitterでのやりとりに端を発し実現したのが今回の対談。東南アジア、インド、中東、北アフリカ他、ワールドミュージックに精通したサラーム海上さんをお迎えし「ワールドミュージックを聴くことで見えてくる世界」について、後藤とたっぷりと語っていただきました。サラームさんに、ワールドミュージックに馴染みのない方へのディスク案内もしていただきました! 文・構成/サラーム海上
後藤正文「サラームさんはTwitterを通じて音楽ライターの青木優さんに紹介していただいたのがきっかけで、お互いにフォローするようになったんですよね」
サラーム海上「不思議な縁、時代ですよね。僕もいきなり青木さんから"サラームさんよろしく!"とRTが届いたので、びっくりして。あれは一体どういう流れだったんですか?」
後藤「僕はここ数年、音楽の歴史に興味を持って色々本を読んだりして調べていたんです。基本的には西洋音楽の歴史。グレゴリオ聖歌から始まり、色んな変遷があり、現在の自分達がやっているポップ音楽まで繋がっている事とか。それを知っていくうちに、じゃあ日本の音楽ってどういう源泉があるんだろうと思い始めたんです。前から聞いてはいたんですけど、アラブの音階は西洋の音階よりも多いですよね。アラビアの音楽ってどんなものだろうと思って、"アラビアの音楽を聴いてみたいのですが、オススメ何かありませんか?"とtweetしたんです。そしたら青木さんがサラームさんを紹介してくれて」
海上「なるほど。ちょうどその時、僕はエジプトのカイロにいて(笑)」
後藤「その後にエジプトの革命が起きてしまった」
海上「僕は中東の音楽を高校生の頃から聴いていて、大学時代から20年以上中東に通い、現地の音楽を聴き続けてきました。中東にはいろんな人種がいますが、アラブ人の住むアラブ諸国が20ヵ国くらいあって、エジプトからモロッコ、イラクやシリアなどがアラブ人の国です。それ以外にイラン人とトルコ人、イスラエルのユダヤ人もいる。その中でもエジプトは音楽や映画などの文化全般に大きい役割を担っているんです。エジプトで流行するとそれが全アラブ諸国に広がる。首都カイロはアラブ諸国の流行発信基地です。
エジプトの最新ポップ音楽『シャバービー』のCDは日本でも簡単に手に入ります。後藤さんにtwitterで紹介した『NOW ARABIAシリーズ』は昔日本でも大ヒットした『NOW!』というコンピ盤があったでしょう。あれのアラブ版なんです。『シャバービー』は日本のJポップと同じく、音楽業界と芸能界によって作られた商業的なポップ音楽です。エジプトの郷ひろみや浜崎あゆみ、倖田來未みたいな歌手がたっぷり収録されている。なので、"アラブ音楽をまず1枚"と聞かれたから、手っ取り早く"このシリーズを"とtweetしたんですよ」
海上「あと1枚はウンム・クルスームという古典歌謡の女性歌手をお伝えしました。既に40年近く前に亡くなられたエジプトの歌手で『エジプトの美空ひばり』という感じです。1曲の長さが1時間もあります(笑)」
後藤「あのtweetの後、色んな人に教わって色々音源を買いましたよ。パキスタンのヌスラット・ファテー・アリー・ハーンや『WOMEN OF EGYPT』という古い音源とか。商業化される前の音楽、古典的な音楽に興味があったんです」
海上「僕はトルコやモロッコにはしょっちゅう行っているのですが、エジプトは15年ぶりだった。それは今のエジプトには『シャバービー』しか残っていないんじゃないか思っていたから。でも、カイロに行ってびっくりしました。新しいライブハウスがどんどん開いていたんです。それは4~5年前からの新しい動きでした。
伝統音楽の公演がある一方で、インディーズのロックバンドやヒップホップのDJのライブなんかもあったりして、カイロに着いた翌日に、その後の13日間の予定が音楽取材だけで埋まっちゃったんです! やっぱ来てみない事にはわからない!と、舞い上がりましたよ。でも、なぜこの数年間でそんなにライブハウスが増えて、インディーズ系のライブが見られるようになったかと言うと、それはムバラク前大統領がエジプトで敷いていた『アメとムチ』的な政策の『アメ』のほうだったんです。
一方でパンや食肉の値段が何倍にも高騰したり、どんどん人々の生活が行き詰まり、経済がダメになってきた。そういう事から気を反らせるために、文化事業にちょっとだけテコ入れしていたんです。
例えばヘビーメタルはイスラーム法的に禁止なんですけど、ディストーションを踏まなければOK(笑)、叫ばなければOKに変わった。エジプト初の女性のヘビーメタルバンドMascaraはアコースティックなセットならライブを行って良いと。僕はそうした『アメ』ののほうだけ見て、わくわくしながら毎晩音楽取材をしていたのですが、その間にエジプト国民は『ムチ』のほうに対する怒りが沸点にまで達していたんです。それが1月25日にガツーンと爆発してしまった。1月28日に夜間外出禁止令が出てからは、毎晩ホテルの部屋に閉じ込められて、アルジャジーラやCNNを見るしかやることがなかった。でも、それは僕が新しい音楽を求める力よりも、エジプト人が社会の変革を求める力のほうが圧倒的に大きかったのだから仕方ない。逆に音楽と社会の変革はリンクしているということを改めて確認しました。
日本に戻って、2月11日のムバラク退陣と同じ時期にエジプトの若いインディーズのロックバンドの歌手が発表した『Sout El Horeya 自由の声』という歌がYOUTUBEに発表されたんですけど、そのビデオクリップがすばらしい出来なんです。革命の起こったタハリール広場を舞台にして、革命に参加した人達、老人にオヤジに、女性に子供達、一人一人に一節ずつその歌を歌わせていくんです。出てくる人みんなケガをしている。それに本当に革命の最中に撮られている。そして全員がなんとも言えない笑顔で写っている。"この国の全ての通りから、自由の声がわき上がる"という歌詞なんですけど、既に英語、スペイン語、そして日本語字幕付きのビデオもアップされています」
後藤「それは聴いてみたい!」
海上「僕はこの曲はジョン・レノンの『イマジン』の2011年版になるんじゃないかと思うんです。エジプト方言のアラビア語で歌われているから、アラブ諸国20数ヵ国、3億人の間で歌詞の意味が理解される。3億人がこの曲とエジプトの革命を手本にする可能性があるんです。それはジョン・レノンやボブ・マーリーが英語で歌ったおかげで全英語圏に広まったのと同じ意味があると思うんです。
それと反対に第一線で活躍してきた歌手達はムバラク前大統領を賛美するミュージック・ビデオを作っていたんです。まあ本人の意志と関係なく利用されただけなのかもしれませんけれど。それを知って思ったのは、僕が最近の『シャバービー』に興味をあまり持てなかったのは、体制に与した音楽、体制に利用された音楽だったからかも」
後藤「政府によって何かしらのコントロールがされていたと?」
海上「全ての人気歌手達が旧体制側だったとは言わないですよ。でも作られた音楽というのはなんとなく感じ取れるじゃないですか?」
後藤「そうですね」
海上「でも逆に、それはエジプトまで行ってみて初めてわかった。日本にいてインターネットを見ているだけではそこまではわからなかった、見えなかった」
後藤「わかります。『NOW ARABIA』は"NOW HIT USA"みたいな感じなんですね」
海上「そうです。その中にももちろんイイ音楽はあります。でも僕はもっと等身大の自分の思いをしっかり持って自分の音楽を演奏する音楽家のほうが好きなんです。先進国で『インディーズ』と呼ばれるような音楽が」
後藤「アラブの音楽や文化は特に今になって気になりますよ。時代的なものかもしれませんが」
サラーム海上 -PROFILE-
東南アジア、インド、中東、北アフリカ、ヨーロッパ他、世界の音楽に精通した、よろずエキゾ風物ライターとして雑誌、ラジオ、TVで活躍。また、DJとしても活動。和光大学オープンカレッジぱいでいあの講師も務める。 <著書> |
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